【村井敏邦の刑事事件・裁判考(89)】
「再審法改正をめざす市民の会」の立ち上げ
 
2019年10月3日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
最高裁判所の暴挙:大崎事件第3次再審特別抗告審決定

「まだ最高裁がある!!」
 悲痛な叫びで終わる映画「真昼の暗黒」は、三度の最高裁での審理の後に、無罪が確定した戦後の象徴的な冤罪事件八海事件をモデルにした映画です。この映画を通じて最高裁判所の役割を知り、また、弁護人の働きに感銘を受けた人も少なくありません。その結果、法律家を目指し、現に裁判官、弁護士になった人も多かったのです。
 「最高裁判所は、冤罪を救済する最後の砦」と信じている人は、社会には多くいるでしょう。私も、「真昼の暗黒」を見て、そのように考え、司法試験を受けた口です。
 しかし、本年(2019年)6月25日の最高裁判所第1小法廷決定は、下級審が開いた冤罪救済への道を強引ともいうべき手法で閉ざしてしまうものでした。「冤罪救済の最後の砦」どころか、「冤罪を作り出す悪魔の手先」ともいうべきものです。

大崎事件について
 大崎事件については、このシリーズで何度か取り上げています。鹿児島県曽於郡大崎町で起きた死亡事件について、殺人と死体遺棄罪で有罪が確定したHさんが起こした第三次再審請求に対して、鹿児島地裁と高裁は、再審請求を認め、再審開始を決定しました。ところが、検察官はこれを不服として、最高裁判所へ特別抗告しました。
 特別抗告審である最高裁第1小法廷は、本年6月25日に、検察官の特別抗告には理由がないとして退けたうえで、職権によって再審開始決定を取り消して、請求を棄却する決定を出しました。

再審制度の基本を揺るがす決定
 今回の最高裁判所決定は、内容上の問題に加えて、手続上、大変大きな問題があります。まず手続上の問題について考えてみます。
 現在の再審制度は、誤判冤罪から刑が確定した人を救済する制度となっています。かつては、刑を受けた人に不利益な再審申立ても認められていたのですが、現在では、刑の確定した人の利益のための再審しか認められません。
 この再審制度の目的からするならば、本来は、検察官の不服申立てを認めるということ自体がおかしいわけです。現在、検察官の抗告・特別抗告を認めないような制度設計をすべきであるとの声が大きくなっているのは、そのためです。
 上記の制度目的を踏まえるならば、仮に検察官の抗告、特別抗告を受け付けたとしても、それを認めるのは、原審・原原審の再審開始決定によほど明らかで、看過できない法律違反がある場合に限られると考えるべきでしょう。
 本決定は、検察官の特別抗告には理由がないとしているのですから、特別抗告を退けることしかないはずです。特別抗告の理由である憲法違反や判例違反の存在を否定しながら、職権調査をして再審開始決定を覆すというようなことは、再審制度が予想だにしない事態です。筆者も加わっている刑事法学者有志による今回の決定に対する意見において、「本決定の判断とその手続きには、刑事司法制度の基本理念を揺るがしかねない重大な瑕疵が存在する。」ということの第一点は、このことです。

再審請求に職権調査による破棄自判は許されるのか
 通常審では、上訴審・上告審における職権調査という手続きが認められています。しかし、再審にはそのような規定がありません。本決定は、刑訴411条1号を準用して職権調査を行っています。刑訴411条1号は、憲法違反や判例違反に限られている上告について、定められた上告理由がない場合にも、職権を発動して上告を受け付けることができるとしています。これを再審請求手続きに準用することはいいのでしょうか。
 認めた先例はあるようです。二つあるのですが、その二つともに、大崎事件の特別抗告を扱った第1小法廷で裁判官の顔ぶれも同じです。その内、一つは今回の判断と同様、破棄自判、もう一つは破棄差戻しです。
 しかし、通常審においても、このような職権発動を認めるのは、例外的な場合です。多くは、事実誤認の主張との関連で問題にされますが、学界においては、有罪判決を維持するのが正義に反すると認められる場合に限定するという見解が有力です。
 通常審でも、そのような議論のある規定です。あくまでも有罪判決を受けた人の利益のための制度である再審においては、検察官のために職権発動を認めるということは、想定できないことです。その想定外のことを最高裁判所は認めました。

斉藤悠輔裁判官の反対意見
 今回の決定には、反対意見はもちろん、意見も補足意見もなく、全員一致の判断となっています。しかし、最初に特別抗告に刑訴法411条を適用した事案では、反対意見が付されていました。昭和37年2月14日最高裁判所大法廷決定に対する斉藤悠輔裁判官の反対意見です。そこで、斉藤裁判官は、次のように述べて、特別抗告に対して411条の適用を認めた多数意見を批判しています。
「多数説は、まず本件特別抗告に刑訴四一一条を準用してその一部を認容した。しかし、最高裁判所は、訴訟法において、特に定める抗告以外は取り上げないのが機構上の建前である(裁判所法七条)。そして、本件特別抗告の根拠法である刑訴四三三条一項は、この法律により不服を申し立てることができない決定又は命令に対しては、第四〇五条に規定する事由があることを理由とする場合に限り最高裁判所に特に抗告をすることができると規定して、刑訴四〇五条所定の事由あることを理由とするほかは、本来不服を申し立てることができないことを明言している。また、刑訴四一一条は、判決を破棄する事由ある場合を規定したものであつて、その事由中一号は法令違反、二号は量刑不当、三号は事実誤認、四号は再審事由、五号は判決後の刑の廃止、変更、又は大赦であり、決定又は命令を取り消すべき事由を規定したものではない。そして、抗告に関する規定中に刑訴四一一条を準用する旨の規定のないことはいうを俟たない。されば、不服を申し立てることができない決定に準用すべからざる規定を準用することは、最高裁判所自らが権利の濫用をするものであつて、濫訴を奨励し、結局自ら自己の機構を破壊するものである。」
 「自ら自己の機構を破壊するものである」という批判は、今回のように、再審開始決定を覆すのに、しかも、下級審がそろっての判断を何等の証拠調べをすることなく、覆すのに、職権調査規定を準用した判断に対してこそ、あてはまるというべきでしょう。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。