【村井敏邦の刑事事件・裁判考(88)】
「再審法改正をめざす市民の会」の立ち上げ
 
2019年6月19日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
 5月20日午後5時半から、「再審法改正をめざす市民の会」の結成集会が衆議院第2議員会館の多目的会議室で開かれました。
 再審については、刑事訴訟法に規定されています。第4編に「再審」という編があるのですが、条文は435条から454条のわずか19箇条です。条文数が少なくても、内容が充実していればいいのですが、充実しているとは言い難い貧困さです。
 戦前の刑事訴訟法にも再審の規定はあり、そこでは、冤罪を主張する人の利益に再審を請求する場合だけではなく、不利益に、つまり、無罪で確定した事件を有罪を主張して再審を申し立てることもできました。
 戦後になって制定された現行刑事訴訟法は、この点を改めて、利益再審のみ、すなわち、有罪の確定判決を受けた人が、冤罪を主張し、あるいは軽い刑を主張して再審を請求する場合に限定しました。これによって再審は、冤罪・誤判からの救済の制度になったのです。
 この点は、大変に評価できる制度改革だったわけです。しかし、問題は、十分に条文内容が伴わなかったということです。要するに、戦後改革によって、再審は冤罪からの救済という制度に特化したにもかかわらず、具体的な条文にはそのことを裏打ちする規定が十分でないわけです。これが戦後の冤罪からの救済を困難にしてきた大きな要因です。
 1970年代に冤罪救済への声が高まり、ちょうどその頃、ドイツからペータース教授が来日し、日弁連、日本刑法学会で再審について講演が行われました。再審にも、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事法の原則が適用されるべきであるという主張は日本の刑事法の理論界のみならず実務界へも広がり、ついに、1975年の白鳥決定を生むまでに至りました。
 白鳥決定では、「疑わしきは被告人の利益に」原則は再審にも適用されるべきであることが認められ、その影響下で、死刑確定4事件について、再審無罪が言い渡されました。
 これによって、「針の穴にラクダを通すほど難しい」と言われた再審の門戸が大きく開かれ、冤罪救済に大きな前進が見られるだろうと、多くの人が期待しました。しかし、事態はそう簡単には改善されません。
 その後の冤罪救済への道のりは、一進一退の状態が現在まで続いています。
 そうした状況の中で、再審法を改正しようという声が沸き起こり、今回の市民の会の立ち上げとなりました。

再審法改正をめざす市民の会の結成宣言
 5月20日の再審改正をめざす市民の会の結成集会では、以下のような宣言が読み上げられました。

「再審は、司法の誤りによって人生を破壊された人たちを救済する、最終手段です。
 ひるがえって、我が国の再審の動向に目を向けると、それが十全に機能しているとは言い難い状況です。
 袴田事件再審請求は、もっとも象徴的な出来事の一つであり、あらゆる再審事件に共通する課題を提示しています。
 2014年3月、静岡地裁は、証拠の捏造をも示唆しつつ、再審開始を決定しました。しかしその4年後、東京高裁は検察官の不服申立を認めて決定を取り消し、無実の袴田巖氏は、ふたたび死刑の危険に直面しています。
 第一に明らかなのは、検察官による証拠の独占の弊害です。再審請求人が無罪を指し示す証拠へのアクセスを拒まれたまま、何十年と冤罪に呻吟しなければならないのみならず、証拠の隠蔽や捏造の温床となっています。
 2016年刑事訴訟法改正により、不十分ながら証拠開示の一定のルールが定められました。だが、再審は、この埒外に置き去りにされたままです。
 第二に明らかなのは、再審開始決定に対する検察官の不服申立が、何の制約もなく認められていることです。このため、検察が理由もなく上訴をくり返し、請求人の公正な裁判を受ける権利と真実追究の機会が奪われています。そのため、雪冤までに気の遠くなるような年月を要し、請求人の生命が先に尽きてしまう悲劇さえも生みだしています。
 第三に明らかなのは、再審のルール手続き規定がきわめて貧弱で、再審請求人の権利がまったく保障されていないことです。
 1980年代に、4つの死刑冤罪が明らかになり、また2009年足利事件以降、いくつもの重罪冤罪で再審無罪が確定したにもかかわらず、個々の誤判の検証はおろか、これらの誤判を生んだ司法制度の欠陥を究明し、改革を推し進めようとする動きは、いまだ社会を突き動かすまでに至っていません。これも、再審をめぐる制度的欠陥を温存させてきた要因の一つです。
 だがこうした停滞を打ち破るように、さる3月2日、「冤罪犠牲者の会」が発足し、冤罪の苦しみを当事者として知る人たちが、同じ苦しみを二度と生まないため、自ら社会運動を開始しました。これ以上、手をこまねいていることは許されない、待ったなしの段階にきたことを何よりも指し示す事実です。
 こうした動きの中、私たちは再審法改正を現実の日程にあげていく時が熟したと考え、本日「再審法改正をめざす市民の会」を発足させました。今こそ幅広い市民、法曹、冤罪被害当事者が手を結び、再審制度の改革を推し進め、あらゆる冤罪の根を絶つための第一歩を記すことを宣言します。」

再審法改正に向けて
 市民の会では、今後、再審法改正に向けて、さまざまな方に働きかけ、最終的には、国会に再審法の改正を提案する活動を展開します。
 まず、再審法改正の要綱を作る作業に取り組むことになるでしょう。
 最終的には、再審法の全面改正ということになるでしょうが、全面改正というだけでは漠然としています。当面の目標と最終的な目標とがあり、当面、差し迫って改正が必要な事項を掲げる必要があるでしょう。
 差し迫って改正が必要な事項は、第一に、再審手続きにおける証拠開示の規定の整備です。刑法改正によって、一般事件における証拠開示はかなり充実してきました。その改正議論の中で、再審手続きにおける証拠開示制度が強く要望されたのですが、今後の検討課題として残されました。この点は、何よりも先だって整備するべき課題です。
 第二に、検察官の不服申し立ての禁止です。現在の再審制度は、あくまでも誤判・冤罪救済のためのものです。それにもかかわらず、訴追官である検察官の不服申し立てが認められています。そのため、折角再審開始決定が出ても、検察官が不服申し立て、開始決定の確定まで時間がかかり、その間に再審の申立人が亡くなるという事態も生じています。
 また、検察官の不服申し立てを受けた上級裁判所によって再審開始決定が取り消されるということも、しばしば生じています。袴田事件はその典型です。
 再審開始決定が取り消されると、さらに時間がかかります。誤判からの救済は早急に行われなければなりません。しかし、検察官の不服申し立てを認めることによって、早急な救済が行われないということになり、再審制度の意義が大きく損なわれます。
 以上二つの制度の改正・整備は、再審制度の本来の在り方からするならば、至急に行われる必要のあることです。その他再審制度には多くの問題がありますが、差し当たり、この二つ課題は、一日も早く達成されるべきことです。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。