【村井敏邦の刑事事件・裁判考(79)】
刑事免責、司法取引初適用について
 
2018年7月30日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
 本欄2015年4月13日号で、刑事免責制度と司法取引制度の問題点について書きました。その後、両制度を含む刑事訴訟法改正が国会で可決され、両制度の導入がされました。
 最近、その両制度の初適用事例が相次いであらわれました。

刑事免責制度の初適用事例
 被告人は、国際郵便で中国から覚醒剤を密輸した罪(営利目的輸入の罪)などで東京地裁に起訴されました。被告人は事実を否認していますが、検察側は被告人が別の中国人の男Aに覚醒剤の回収を依頼したと主張し、Aと共謀による営利目的輸入の罪が成立するとしています。Aは、被告人の裁判の第1回公判に出廷して、刑事免責制度の説明を受けた後、被告人から荷物の受け取りを依頼された経緯を証言しました。

 この事件では、Aは、証言で、被告人から荷物の受け取りを依頼された事実は認めましたが、その荷物の中身が覚せい剤であることを知らなかったと供述しました。裁判所は、Aが荷物の中身を知らなかったという供述を信頼せず、被告人とAとの共謀による罪の成立を認めました。

この事例の問題点
 刑事免責制度は、供述を証言者に不利な証拠として利用しないことを約束して、証言を強制する制度です。憲法38条では、「何人も自己に不利益な供述を強要されない」と規定されています。刑事免責制度は、証言した内容によって証言者に責任を問うことをしない約束をしたうえで、証言を強制するので、憲法38条に違反しないとされています。
 しかし、ロッキード事件において、最高裁判所は、この制度は「憲法に違反するとまではいえない」が、公平・公正感との関係で疑問のある制度だとしています。最高裁も憲法上まったく問題がないとしているわけではありません。そのことは、本欄でもすでに指摘したところです。
 今回の適用事例を見るとき、そもそもこの制度を適用して証言を求める必要があったのかに疑問がわきます。というのは、Aは証言で覚せい剤の受け渡しであることを知らなかったと言っているのですから、共謀を否定しています。それにもかかわらず、裁判所は、別の証拠によって共謀を認めました。Aの供述がなくても、Aとの共謀が認められるならば、Aの供述は必要なかったのではないかという疑問です。
 また、強制された証言が誤っている可能性もこの制度の問題点として指摘されてきたところですが、今回の証言についても、裁判所はその証言内容の信頼性を疑っています。
 証言の必要性に加えて、証言の信頼性についても裁判所が検討して制度を適用すべきかどうかを判断する仕組みになっていないことが、このような疑問を生じさせることになります。

司法取引の初適用事例
 刑事免責制度と並んで、他人を罪に陥れる危険性のある制度として、もう一つ、司法取引があります。刑事免責制度の初適用から1か月後の7月20日、司法取引の初適用があったことが、報道されました。
 タイの発電所建設をめぐる贈賄事件です。この事件で、東京地検特捜部が大手発電機メーカー、三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の元役員ら3人を不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)の罪で在宅起訴したと報道されました。
 不正競争防止法違反は、行為者と並んで法人も処罰の対象となる両罰規定をもっています。元役員らの雇い主であるMHPSは、自らの刑事訴追を避けるために、元役員らの不正行為の捜査に協力する見返りとして、起訴を免れるという司法取引したのです。

承服できない司法取引
 司法取引の導入は、オレオレ詐欺など、組織犯罪の巨悪を摘発するためだと説明されていました。しかし、今回の初適用は、摘発の対象であるべき組織側が自らの刑事訴追を免れる目的で、組織の手先として働いた人間を捜査側に売ったというものです。導入を正当化する目的とまったく逆のケースです。
 仮に司法取引の導入をやむを得ないと認める立場に立ったとしても、承服できないのではないでしょうか。

両制度に内在する問題?
 以上の初適用事例の問題は、たまたまそうしたケースだったということでしょうか。しかし、いずれの問題も制度導入前に指摘してされてきたことです。そうした意味では、たまたまではなく、制度本来に内在する問題が早くも初事例にあらわれたということではないでしょうか。
 両制度の運用については、冤罪を引き起こすことのないように、これからも注意して見守る必要がありそうです。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。