【村井敏邦の刑事事件・裁判考(76)】
再審における供述心理鑑定の役割
 
2018年4月30日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
大崎事件の再審開始決定と即時抗告審決定
 大崎事件の再審開始決定があり、即時抗告審も検察官の不服申し立てを蹴って、開始決定を支持したことについては、3月26日のこの欄で触れました。その時は、検察官の即時抗告を問題にして論じました。
 今回は、再審請求審決定と即時抗告審決定における心理鑑定に対する評価を比較して、再審事件において、心理鑑定がどのよう役割を果たしているかを考えてみます。

袴田事件第2次再審請求即時抗告審決定における浜田鑑定の評価
 裁判官、とりわけベテラン裁判官の中には、被告人や証人の供述の心理分析は、裁判官の本来的職務の一部であるという認識が強いと思われます。そのことを端的にしているのが、次に引用する一文です。これは、袴田事件第2次再審請求の即時抗告審決定中のものです。ここで問題にされている浜田鑑定は、供述心理分析の第一人者で、法と心理学学会の理事長も勤められている浜田寿美男氏のものです。

「浜田鑑定は、請求人の自白供述をその内容自体及びその変遷状況のほか、取調べの時点で捜査官が有していた情報を重要な考慮要素とし、自白以外の他の証拠との関係にも留意しつつ、詳細に分析したものではあるが、自白以外の証拠の分析・検討については、その専門性を主張し得るとは思われず、その作業は、結局のところ、全証拠を総合しての自白の信用性判断と実質において異ならないのである。してみると、浜田鑑定は、本来、裁判官の自由な判断に委ねられるべき領域(刑訴法三一八条参照)に正面から立ち入るものであって、およそ刑事裁判において、裁判所がこのような鑑定を命じるとは考えられないのである。その意味で浜田鑑定については、そもそもその「証拠」性にも疑問があるといわざるを得ない。」

 太文字で強調した部分に、裁判所の浜田鑑定に対する、いや心理学者の行う供述分析に対する裁判官の意識が端的に示されています。
 自由心証主義の領域であり、裁判官の本来的職分に属するものであるから、その領域に関する裁判官以外の者の発言には専門性がないというのです。その結果、「およそ刑事裁判において、裁判所がこのような鑑定を命じるとは考えられないのである」とまで、言い切っています。
 供述の信用性判断が裁判所の職責のうちであることは認められるとしても、同一の供述証拠を心理学的立場から分析することの専門性が否定されるいわれはありません。同じ資料を用いても、法律家でない心理学の専門家がその立場から分析し、それを法廷で専門家の意見として尊重することは、英米においてはもちろん、日本の法廷においてもありうることです。それを「裁判官がそのような鑑定を命じることは考えられない」という発言は、あまりにも不遜な言葉ではないでしょうか。

大崎事件の再審請求審の判断
 大崎事件の再審請求審では、袴田事件の上記決定とは異なり、心理学鑑定に対して次のような位置づけを与え、証拠としての価値を認めました。

「司法の場における供述の信用性判断は,他の諸証拠や関連事実を含む総合的な評価であるが,心理学的供述評価は,供述それ自体の中に,体験に基づかない情報,その他問題のある兆候が見られないかをチェックするものである。そして,供述そのものの科学的な分析の結果得られた非体験性兆候等は,司法の場での総合的な信用性判断に際し,有意な情報として利用することができる。特に平成21年から開始された裁判員裁判においては,一般の国民が裁判員として裁判に参加し,裁判官と共に証人や被告人等の供述の信用性評価を行うことが想定されるが,心理学的な供述評価は,供述の信用性評価について職業的な経験を重ねた裁判官と,その点では多様な裁判員とが,実質的に協働して評議を行うための共通の土台やツールの一つとなり得るものと考えられる。」

「供述そのものの科学的な分析の結果得られた非体験性兆候等は,司法の場での総合的な信用性判断に際し,有意な情報として利用することができる。」というのは、それほど特異な意見ではなく、通常の裁判官が肯定できることではないでしょうか。

大崎事件の即時抗告審の判断
 再審請求審とは違って、即時抗告審では、次のように評価して、心理学的鑑定({P3・P4}と記載されているもの)を再審の新証拠性を否定しました。

「P3・P4新鑑定は,裁判所が司法的観点から行う,他の諸証拠や関連事実を含む総合的な評価による供述の信用性判断に当たり,心理学的見地から非体験性の兆候等をチェックするという視点を提示し,これを踏まえて慎重な検討を行う必要性を裁判所に留意させ,もって十分な信用性判断を行うよう促す機能を有するにすぎないから,その証明力が肯定されたからといって,直ちに供述の信用性が減殺される関係にはない。」

 この決定は、冒頭に引用した袴田事件再審請求における浜田鑑定に対する評価とは違って、一応の証拠性は認めています。しかし、供述の信用性判断はあくまでも裁判官の専属的職責に属することで、心理学者の意見はその職責を果たすうえで補助的役割を持つにすぎないという意識が明らかです。

裁判員裁判と供述心理学的鑑定
 裁判員裁判における供述心理学的鑑定の位置づけについても、大崎事件の再審請求審と即時抗告審とでは、大きく異なります。
 再審請求審では、一般の人が加わって判断する裁判員裁判においては、裁判官による裁判以上に供述心理学的鑑定が大きな役割を演じるとするのに対して、即時抗告審においては、むしろより慎重な取扱が必要だとしています。

「裁判員裁判においては,専門家である裁判官と国民から選出された裁判員とが,市民としての常識に基づいて自由闊達な議論により慎重に検討した上で結論を導くべきものであるが,心理学者により専門的知見に基づいて非体験的兆候が見られた,あるいは見られないとの鑑定意見が述べられた場合に,その鑑定手法や鑑定内容に不合理な点がない以上は,専門家の判断を尊重すべきであるとして,供述の証明力につき,その程度が明らかにならないままに減殺ないし増大するということを前提とした評議が行われるようになれば,専門家の意見ということでその結論のみが先行して,信用性判断の評議に不適切な影響が及ぶという懸念を払拭することはできない。したがって,このような鑑定につき,科学的根拠を有する合理的なものといえるか否か検討する必要があることは当然であるが,それが肯定されたとしても,裁判員裁判において用いるのであれば,その取扱いについては,相当に慎重な検討がなされる必要がある。」

 「専門家の意見ということでその結論のみが先行して,信用性判断の評議に不適切な影響が及ぶという懸念を払拭することはできない。」という点は、その通りでしょう。しかし、この点は、心理学的鑑定に限ったことではありません。たとえば、DNA鑑定についても、専門家の意見に述べられた結論のみが先行して過信されることの危険性は、筆者自身が折に触れて主張してきたことです。
 しかし、そのことと、専門家の意見を裁判において尊重することとは違います。結論に至る過程を含めて検討したうえで、専門家の意見を尊重して供述心理学的鑑定を供述の信用性判断に用いることは、裁判員や裁判官の職責に反することではないはずです。
 裁判官にもう少し謙虚に心理学者の意見に耳を傾けてほしいと思うのは、筆者だけではないでしょう。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。