【村井敏邦の刑事事件・裁判考(65)】
ベトナムの警察と賄賂
 
2017年2月28日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)

 昨年(2016年)末、ハノイに行ってきました。観光です。まず、目にしたのは、バイクの多さです。聞きしに勝るとはこのことで、道路は、バイクと自動車とでごった返しています。この中で、道路を横断するのは、決死の覚悟です。
 それでも、ハノイはましなほうだそうで、ホーチミンはもっとひどいそうです。
 もちろん、ベトナムにも道路交通法があり、交通ルールはあるのですが、順法精神はあまり高くないようです。順法精神も含めて、交通インフラの整備が目下の課題であるとは、ベトナム政府の口にしていることです。

交通警察と賄賂
 旅行社の自動車に乗って、郊外からハノイへ戻る途中、自動車が急に右端に止められました。どうしたのだろうと見ていると、運転者が降りていきます。その先には、交通検問所のようなものがありました。交通検問にかかったのです。
 しかし、特にスピードを上げていたというのでもなく、交通ルールに違反していたとも思えません。
 しばらくすると、運転者が戻ってきて、ガイドに10万ドン(ほぼ500円)稼がしてくれと言ってきました。これで解放です。ガイドの説明では、警察官に賄賂を払って解放されたのだということです。
 ベトナムでは、交通警察への賄賂は日常茶飯事だということです。もちろん、賄賂は禁じられています。
 車を止められたときに、特に交通違反していないということを主張して争うことはできます。しかし、それをすると、大変な時間がかかります。下手をすると拘束されます。それが嫌やならば、金を出しなさいということです。
 特に年末は、こうしたケースが多いのだそうです。

低賃金の警察官
 賄賂という形での小遣い稼ぎは、警察官の給料が低いからだと、ガイドは説明してくれました。ベトナムは社会主義の国なので、公務員の給料は一般企業に勤める人の給料よりも低いということです。同種、同レベルで比較すると、公務員の給料は、一般企業の勤め人のそれの3分の1程度ということです。
 平均賃金で見た場合、警察官の月平均給料は3万円で、賃金生活者全体の平均月2万円に比較すると、若干高い程度だということです。
 このため、日常的な生活には何とか支障がないが、クリスマスとか、正月ということになると、特別な出費を必要とするので、小遣いを稼ぐ必要があるというわけです。
 外国人の乗った車は、大体カモになるということです。外国人は事情がわからないうえ、長々と取り調べられるのを嫌がるから、ということです。
 面白いのは、賄賂は、受け取った警察官が独り占めにするのではなく、みんなで分けるようです。ここに社会主義国の特徴が見られるといってよいのでしょうか。

中国でも同様の経験
 かなり前ですが、私は、中国でも同様の経験をしました。北京で、刑務所参観に連れて行ってもらったときです。私の乗っている車が突然警察官に止められました。後で、案内してくれていた人にどうして止められたのかと聞きますと、やはり金を要求されたということです。
 中国も公務員の給料は低いので、このような小遣い稼ぎが日常的に行われているとのことでした。
 実は、このときは、公務員の賄賂罪についてのシンポジウムに出席するというのが、中国訪問の目的だったので、図らずも中国の賄賂罪事情の一端に触れたようなものでした。

「警察官は、公安の要」
 ハノイからカンボジアに行って、アンコールワットを見た後、ハノイに戻って帰国したのですが、カンボジアのシェムリアップからハノイに戻る便の中で手にした「ベトナム・タイムズ」に、「警察官は公安の要」という記事が載っていました。
 ベトナムの警察を管轄するのは、公安省です。交通警察も一応は公安省の管轄のようですが、各市の公安部が実際上の権限をもっているようです。
公安省では、警察組織の改革整備を進めていて、特に交通警察については、整備を課題としているようです。しかし、あまりはかばかしい進展がないというのが、実情のようです。
 ベトナム・タイムズの記事も、その整備改革の関係で掲載されたものです。
公安に占める警察官の役割の重要性を喚起して、警察官の士気を高めようという意図で書かれているようです。
 直接的には、テロ対策の強化を図るという目的があり、日本の警察当局との間で協議もしているようです。
 テロ対策もさることながら、一般市民にとっては、交通警察のモラル向上を含めて改革を進めてもらいたいというのが、本音ではないでしょうか。

 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。