【村井敏邦の刑事事件・裁判考(48)】
GPS捜査に関する2判例
 
2015年6月29日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
GPS捜査は任意捜査か強制捜査か

 GPSを被疑者の車両に取り付けて、その後を追跡する捜査手法については、警察は、任意捜査であるとして、裁判所の令状をとらないでも違法ではないとしてきました。
 今年(2015年)になって、大阪地裁でこの捜査方法について、相反する決定が出ました。1月27日の決定は、GPSを装着して追跡した捜査方法を適法としましたが、他方、6月5日の決定では、違法としました。

GPS捜査は任意捜査とする決定

 2012(平成24)年から2013年にかけて、長崎県と熊本県で一連の窃盗・侵入盗事件が発生しました。これらの事件について、捜査機関は捜査を進めていましたが、その中で,2013年5月23日頃から,被告人とcら3名の共犯者が使用する多数の車両に、令状なくGPS発信器を取り付け,その位置情報を取得してその所在を割り出す捜査を行いました。  
 この事件の公判において、この捜査によって得られた証拠の証拠能力が問題になり、弁護人は、GPS捜査は強制処分であり、令状によらない限り違法である、仮に任意捜査としても、相当性を欠いており、違法であり、証拠は排除されるべきであると主張しました。
 この弁護人の主張に対して、1月27日、大阪地裁第9刑事部は、「本件GPS捜査は,通常の張り込みや尾行等の方法と比して特にプライバシー侵害の程度が大きいものではなく,強制処分には当たらない」としたうえで、本件「一連の犯行の全容を解明するためには,被告人らを尾行して他の拠点やその行動を捜査する必要性は高かった」が、「その尾行には相当な困難が予想された」ため、「被告人らを尾行するため,被告人らの使用車両にGPS発信器を取り付けてその位置情報を取得して所在を割り出す必要性は相当高かった」と、本件捜査の必要性を認めました。
 さらに、本件GPS捜査によるプライバシー侵害は大きなものではなく、「GPS発信器は磁石で車両の外部に取り付けられており,車体を傷つけるような方法は用いられておらず,また,多くの場合は公道上で取り付けられており,第三者の権利も侵害していない」として、捜査方法に不相当なところがなく,「基本的には本件GPSによる捜査を適法と判断しました。

GPS捜査は強制捜査とする決定

 上記決定に対して、6月5日の大阪地裁第7刑事部決定は、GPS捜査を強制捜査であるとし、令状によらない捜査を違法と判断しました。
 事案は、次のようなものです。
 2013年5月23日から同年12月4日ころまでの間、捜査機関は、被告人、共犯者3名および被告人の交際相手の使用していると疑われる自動車やバイク合計19台に、令状の発付を受けることなく、順次GPS端末を取り付け、それぞれの位置情報を継続的に追尾等を行う捜査を実施したというものです。
 大阪地裁刑事7部は、本件GPS捜査が尾行や張り込みという公道等から人が観察可能な場所や人について目視するのと違って、私有地であって不特定多数の人から目視されることのない空間で、プライバシー保護の合理的期待の高い場所にいる対象についても、その位置情報を取得する可能性があることなどを指摘して、プライバシー侵害の程度が高いこと、また、GPS装置の装着や取り外しについては、私有地などに入って行ったということなどから、私有地等の管理権者の権利侵害がある可能性は否定しがたいなどと指摘して、強制処分であり、令状によらない行為は違法であると判断しました。「本件GPS捜査は尾行等を機械的手段により補助するものに過ぎない」という検察官の主張に対しては、「尾行等に本件GPS を使用するということは, 少なくとも失尾した際に対象車両の位置情報を取得して、これを探索,発見し,尾行等を続けることにほかならず、失尾した際に位置情報を検索すれば,対象が公道にいるとは限らず」、ラブホテル駐車場内のように、「プライバシー保護の合理的期待が高い空間に所在する対象車両の位置情報を取得することが当然にあり得る」し、「GPS 端末を利用して捜査をする以上,その取り付け, 取り外しが不可欠であるところ,警察官らは,取り付け,取り外しの作業のためにも位置情報を取得したというのであるから,その際にも同様のことが当然あり得る。」そうすると,「本件G P S 捜査は,その具体的内容を前提としても,目視のみによる捜査とは異質なものであって尾行等の補助手段として任意捜査であると結論付けられるものではなく、かえって,内在的かつ必然的に大きなプライバシー侵害を伴う捜査であったというべきである」としました。

GPS捜査の性格

 GPS捜査の性格について、上記の大阪地裁決定は、GPS捜査は捜査官の5感の作用によって位置情報を取得するものであるから、「検証」にあたり、「検証令状」によって行うべきものとしました。この点は、盗聴法の制定以前の議論と似ているところがあります。すなわち、盗聴については、憲法35条に規定する捜索・押収の概念に当てはまらないとする意見と、検証類似の行為であり、35条の捜索・押収の一種と認められるという意見とがありました。後者の意見でも、新しい捜査方法なので、強制処分法定主義から法律の規定がなければ盗聴は認められないという意見が多数あり、結局、法律を制定して、「電話傍受令状」という新しい令状によって行うということになったのです。
 GPSによる位置情報の取得ということも、盗聴と同様、既存の強制捜査とは異なるものがあります。類似のものとしては盗聴ということなり、そうなると、盗聴令状によるべきだということになります。
 しかし、電話や通信の傍受というのとも、少し違うようです。性格が違うと許容される要件も違うので、憲法35条に規定する捜索・押収に当たるとしても、新たな要件を規定する法律を制定する必要があります。
 このように、GPS捜査を任意捜査ではなく強制捜査であるとした大阪地裁第7刑事部の決定は、令状によらない捜査として違法判断をしたうえ、さらに、その捜査によって得られた情報について、違法収集証拠の問題も検討しており、よく考えられたものと評価できます。しかし、「検証」という既存の捜査方法の中に含めている点において、なお問題があるというべきでしょう。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。