【村井敏邦の刑事事件・裁判考(47)】
少年審判の非公開の意味 神戸事件の決定文の雑誌掲載について
 
2015年5月18日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
 1997年、神戸で14歳の少年Aによる児童殺傷事件が起きました。少年は、家裁の審判の結果、医療少年院送致になり、成人に達した時点で、少年院から退院しています。
 この事件については、様々な形でマスコミが取り上げ、つい先ごろには、『文芸春秋』がこの事件の神戸家裁による決定全文を掲載しました。決定全文掲載については、この事件の担当裁判官から決定全文を得た編集者が掲載を行ったということです。
 実は、決定直後にも決定要旨がマスコミに公表されました。また、『文芸春秋』は、1998年には、少年Aの検察官面前調書を掲載しました。
 今回の決定全文の掲載については、公益社団法人「ひょうご被害者支援センター」は文芸春秋と、担当元裁判官に抗議文を送付したということです。抗議文では、、「非公開の家裁決定の全文公開は、遺族に多大な衝撃を与え、いたたまれない心境にある。精神的苦痛は大きく、二次被害が起きている」と指摘されています。
 また、神戸家裁所長は、「少年法で非公開とされている審判への信頼を損なうもの」との談話を発表しました。同時に、家裁は、元裁判官(現在、弁護士)と文芸春秋、共同通信の編集委員にそれぞれ抗議する申入書を送ったということです。元裁判官に対する申し入れ書には、「裁判官が退職後も負う守秘義務に反する」と指摘されているとのことです。
 このように、今回の決定全文の雑誌掲載は、物議を醸しだしています。

少年審判非公開の原則

 少年法22条2項には、「審判は、これを公開しない」と規定されています。他方、憲法82条1項では、「裁判の対審及び判決は、公開法廷で行う」と裁判の公開が規定されています。
 この両者の関係について、昭和29年8月5日の高松高等裁判所の決定は、少年審判は訴訟事件ではないので、憲法82条1項の裁判の公開原則は適用されないとしています。少年審判は、非行を犯した少年を保護するために開かれるもので、そこでの手続きは、民事裁判のように、債権債務などを巡って、原告・被告が対立して事件を争いものではなく、また、刑事裁判のように、被告人が罪を犯したか否かを、検察官と被告人・弁護人が争うというものでありません。通常の裁判では、このように対立した当事者が事件を巡って審判の場で丁々発止と闘う構造をもっているので、「対審」構造と言われます。憲法82条のこの「対審」の公開を要請しているのですから、このような訴訟構造を持たない少年審判に対しては、憲法82条の要請が及ばないとしたのです。
 審判の性格として、争いを前提にしておらず、少年の保護を前提にしている少年審判では、憲法上の公開の原則は当てはまりません。
 もう少し、実質的に見た場合に、少年手続の原則は、保護主義です。刑罰を科す手続ではなく、少年が非行を犯した原因を調べて、その少年に適した保護処分を課す手続です。この保護主義という観点からするとき、少年司法情報については、できる限り一般的な公開の枠から外すという方向になり、非公開を原則にすることになります。
 審判の非公開はもちろん、少年を特定するような情報は公開されてはならないというのが、少年法61条が規定するところです。

情報公開や知る権利との関係

 他方、国民主権のもとでは、国民は国政や地方自治体の政治にかかわることについて知る権利があります。この場合の政治にかかわる情報は、主として行政機関の持つ情報であり、これに対してアクセスする権利を保障しているのが、情報公開法です。少年審判にかかわる情報は、司法情報であり、行政情報ではないので、情報公開法の対象にはなりませんが、国政という場合には、司法も含まれるので、少年司法にかかわる情報も国民の知る権利の対象にはなります。
 それでは、知る権利という観点からは、少年司法情報も公開されるべきでしょうか。
 ここで、少年司法情報はだれに帰属し、その情報を発するのはだれで、受けるのはだれかということを考えてみましょう。
 少年司法情報を総体として保有するのは、審判中は、事件の担当裁判官であり、最終的には家庭裁判所です。では、少年司法情報の帰属先は、担当裁判官や家庭裁判所でしょうか。
 神戸事件の決定文を週刊誌に提供した事件担当裁判官は、決定を書いた裁判官に少なくとも、決定文にかかわる情報は帰属すると考えているようです。
 これに対しては、神戸家庭裁判所は、そうでないとしているようです。はっきりしませんが、裁判所に帰属すると考えているのではないでしょうか。
 まず、決定をした担当裁判官に帰属するというのは、誤りでしょう。職分として決定書を作成したとしても、それは裁判官が個人として保有してよいものではないでしょう。事実上、決定書原文を裁判官が持っているとしても、それを自己のものとして勝手に処分することはできません。
 決定書およびその内容は公的なものとして、公共に所属すべきものです。個人の保有物ではありません。
 内容という点から見た場合、決定書に表れている情報の多くは、少年にかかわるものです。公開された場合には、少年のプライバシーが最も大きな影響を受けます。決定書は少年司法情報が最終的にまとめられたものと見られるので、知る権利という観点からは、一定の情報がその対象になることは否定できません。しかし、少年司法における保護主義原則からするとき、そこにはおのずから限度があります。簡単にマスコミを通じてすべてが報道されるべきではないでしょう。
 内容と併せて、情報公開の時期と方法の問題もあります。少なくとも、少年の保護を大きく損なう時期や方法での公開は、絶対に避けなければなりません。今回の決定全文の雑誌掲載は、時期、方法のいずれにおいても、不適正でした。
 まず、時期の点においては、事件を起こした少年は、保護施設から退所して、社会での生活をはじめています。そうした時期に、少年の性格や事件を犯した動機、事件の経緯などを詳細に記載した決定文が社会に出回れば、少年の社会復帰にとって大きな痛手になる危険性があります。また、方法において、だれもが容易に手にする雑誌に掲載するというのは、中には、少年の今後を考えようという真面目な意図をもって手にする人もいるでしょうが、むしろ、多くは、興味本位でその記事を見るのではないでしょうか。

裁判官の秘密保持義務

 一般の国家公務員には秘密保持義務が課されています。公務員が職務上知り得た秘密を洩らした場合には、懲役をもって罰せられます。しかし、裁判官は、国家公務員の一般職ではないので、国家公務員法上の秘密保持義務は及びません。また、裁判所法には、評議の秘密が規定されていますが、その他の秘密保持義務は規定されていません。
 現行法では、裁判官の秘密保持義務をとくに規定した法律はないようです。明治20年に制定された官吏服務紀律第4条には、「官吏ハ己ノ職務ニ関スルト又ハ他ノ官吏ヨリ聞知シタルトヲ問ハス官ノ機密ヲ漏洩スルコトヲ禁ス其職ヲ退ク後ニ於テモ亦同様トス」というのがあり、人によっては、これを持ち出して、今回の元裁判官の行為が終生課せられている秘密保持義務違反だといいます。しかし、この規律は天皇の官吏を想定したもので、現在の裁判官に適用するのは、あまりにも不適切です。
 それでは、裁判官には、秘密保持義務がまったくないのでしょうか。
 裁判官が職務上の責務を果たさなかった場合には、裁判官分限法で懲戒処分が課せられ、裁判官弾劾法で、弾劾裁判所に訴追される可能性があります。これがあるので、とくに、秘密保持義務が規定されていないということでしょう。
 問題は、退官後の裁判官にはこれらの法律は適用されないということです。しかし、何よりも、少年事件を取り扱う裁判官あるいは裁判官だった人は、少年の保護を第一に考える職業上の倫理があるということです。今回の元裁判官の行動は、この職業倫理に明らかに反しているといわざるを得ません。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。