【村井敏邦の刑事事件・裁判考(40)】
カジノの合法化の動きについて(1)
 
2014年10月13日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)
賭博は刑法上の罪

 刑法は、賭博行為を罪としています。単純賭博は50万円以下の罰金または科料、常習賭博になると、3年以下の懲役で処罰されます。賭博場を開いたり、賭博をする人を集めて利益を得たりする行為(賭博開帳図利罪・博徒結集図利罪)が最も重く、3月以上5年以下の懲役に処せられます。そのほか、富くじを売ったり買ったりする行為も処罰されます。
 それにもかかわらず、現在、カジノを合法化しようとする動きが活発化しています。カジノの合法化は、刑法で処罰される賭博罪と矛盾しないのでしょうか。

賭博罪となるのはどんな行為?

 現在の賭博罪の規定は、「賭博をした者」となっていて、それだけでは「賭博」がどんな行為を意味するのか、わかりません。これは、1995(平成7)の刑法の現代用語化のための法改正によってそう規定されるようになったものです。この法改正以前の規定は、「偶然ノ輸贏ニ関シ財物ヲ以テ博戯又ハ賭事ヲ為シタル者」となっていました。言葉は大変難しく、「輸贏」は、「しゅえい」と読むのですが、よほど漢字の素養がなければ、通常はそのように読むことのできる人はほとんどいません。夏目漱石の「吾輩は猫である」に出てくるので、明治時代にはごく普通に使っていたのかもしれませんが、現在では、まったく使わない言葉です。意味は「勝ち負け」ということです。そこで、上の規定は「偶然の勝ち負けに関して、財物をかけて遊び、賭け事をした者」ということになります。そこには、「賭博」についての定義が書かれていました。

これまで賭博罪で処罰された行為

 「芸能人、マージャン賭博で摘発」などというニュースが出るときがあります。また、「野球賭博」とか「相撲賭博」というのも問題になりました。とくに、2011年は、相撲界は力士の野球賭博と八百長相撲で大揺れに揺れました。
 八百長はそれ自体では賭博に当たりませんが、取り組みに賭けて、その取り組みで八百長をする、あるいはさせるということになると、賭博で問題になります。
 大相撲に賭けるという行為は、イギリスでは大規模に行われていました。私がロンドンに行ったときにも、ロンドンの友人が「敏もかけないか」と誘ってきた時があります。たしか、小錦が大変に人気のあった時です。もちろん、私は誘いには乗らなかったのですが、仮に賭けたとしても、イギリスは賭けは認められていますし、日本国外ですので、日本で賭博罪で処罰されることはありません。
 その当時問題になったのは、日本に仲介者(組織)がいて、日本で集客をして、掛け金をイギリスに送って賭け相撲をするという行為です。日本の警察は、これを賭博罪で検挙できないかを検討したようです。
 問題は、犯罪地がどこかということです。犯罪地が日本でなければ、賭博罪は適用できません。相撲賭博はイギリスで行われているので、賭博行為自体を犯罪と考えた場合には、日本で処罰することはできないのです。掛け金を出すという行為が、賭博という犯罪行為への着手と見れば、賭博罪として処罰することも可能なようです。しかし、肝心の賭博が行われているイギリスでは合法である行為への関与ですから、合法的な行為に着手したとしても、これだけでは日本での処罰を正当化することは難しいと思われます。
 イギリスでの相撲賭博に加わる人を集める行為は、「博徒を集める」行為として、相撲賭博の合法・違法にかかわらず「博徒結集図利罪」の要件に当てはまるのではないか、警察はそうも考えたようです。しかし、合法的な行為に金を出す人が「博徒」といえるかが問題です。違法な賭博に客を集める行為でなければならないでしょう。そこでは、日本で賭博が行われていることを想定しています。したがって、イギリスでの相撲賭博に日本で掛け金を出す行為も、それを仲介してイギリスに送る行為も、いずれも、日本の賭博罪で処罰するのは無理であるという結論になります。

競馬、競輪などの公営ギャンブルやパチンコは賭博罪では処罰されないのか?

 競馬、競輪は、競馬法、自転車競技法によって合法化されています。競馬や競輪は乗り手の技術や馬の脚力、自転車の走行性等の差によって順位が決まるところもありますが、その点は相撲や野球と同様であって、そのような技術等の影響があったとしても、「偶然の勝ち負け」に金を賭けることを禁じている賭博罪の要件に当たります。しかし、競馬は、戦前は国営で、戦後は民営化されて中央競馬会または地方公共団体が主催者として、競輪は地方公共団体によって主催される「公営ギャンブル」として合法化されています。
 パチンコは、合法化されていません。風俗営業法による規制があるだけです。パチンコも多少の技術の差はあるでしょうが、「偶然の勝ち負け」であることには変わりありません。金銭を払って球を買い、貯まればそれを賞品に換えるという行為は、賭博罪の要件に当てはまるようです。賞品に換えるので、直接に金に換えるのではなく、この商品をパチンコ屋とは別のところにもっていけば、金をくれるのですが、賭博罪の要件は「偶然の勝ち負けに財物を賭けて財産上の利益を得る」ことによって成立するので、物を得たのか、金を得たのかは関係ないはずです。
 行為自体は賭博性をもっていても、「一時の娯楽に供するため」の行為は処罰されません。パチンコはこれに当たるのでしょうか。しかし、毎日、パチンコ屋に入り浸って、場合によって破産するほどパチンコに投資する人もいます。
 競輪・競馬も同様ですが、パチンコアディクト(パチンコ中毒)になっている人もいます。深刻なアディクト症状を呈している人がいることは、各種の研究で明らかになっています。このような行為を「一時の娯楽に供するため」だからよいのだというのには、かなり抵抗があります。
 また、競輪・競馬と同様、パチンコも風俗営業法によって厳しい規制が行われているということをもって正当化する議論もあります。しかし、現実にアディクトで苦しんでいる人やその家族の深刻な状況を見るとき、社会的な問題が発生しないほどの規制が行われているとは考えられません。
 上記の合法ギャンブルやパチンコ業への規制は、暴力団の資金源とならないようにするという点で強化されているのでしょうが、それが本当に効を奏しているのでしょうか。競馬法や自転車競技法、風俗営業法違反は、暴力団の占める割合が高い犯罪です。

<つづく>
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。