飯塚事件再審請求の帰趨(2)  
2013年9月9日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)
 飯塚事件については、裁判官の交代の関係で、7月中に決定が出されるだろうと思われたのですが、8月末に至っても音沙汰ありません。この分だと、裁判官交代後になるという可能性があります。その場合には、新しい裁判官のための手続の更新があるので、決定は遅くなる可能性があります。そこで、決定は出ていませんが、飯塚事件の問題点について、続けていくことにします。

飯塚事件の問題点(3)DNA鑑定の問題

 すでにみたように、飯塚事件では、足利事件の再審において、信用性が否定されたMCT118型DNA鑑定が用いられています。ここで、足利事件では、どのような理由でMCT118型鑑定の信用性が否定されたか、振り返ってみましょう。


足利事件再審無罪確定判決におけるMCT118型DNA鑑定の評価

 平成22年3月26日、足利事件の再審判決において、宇都宮地方裁判所は、確定有罪判決の基礎となったMCT118型DNA鑑定について、次のように述べて、その証拠能力を否定しました。
「当審で新たに取り調べられた関係各証拠を踏まえると,本件DNA型鑑定が,前記最高裁判所決定にいう「具体的な実施の方法も,その技術を習得した者により,科学的に信頼される方法で行われた」と認めるにはなお疑いが残るといわざるを得ない。」
 ここに出てくる「前記最高裁判所決定」とは、平成12年7月17日の最高裁判所第2小法廷決定(最高裁判所刑事判例集54巻550頁)のことです。この決定において、最高裁判所第2小法廷は、問題となっていた事件で用いられたDNA鑑定について、「その科学的原理が理論的正確性を有し,具体的な実施の方法も,その技術を習得した者により,科学的に信頼される方法で行われたと認められる。」として、DNA鑑定の証拠能力を認めました。ここで示されたことが、裁判所では、DNA鑑定の証拠能力を認める基準として用いられています。
 足利事件で行われたMCT118型鑑定は、上記の基準を満たしていないとして証拠能力を否定されたわけです。では、具体的にどのような点で基準を満たしていないとされたのでしょうか。
 再審公判においては、被害者の衣服に付着していた犯人のものと思われる精液のDNA型が、再審請求人である菅家さんのDNA型とは一致しないという結果が出されました。犯人の残した血液や精液のDNA型と一致しないという結果は、菅家さんの犯人性に決定的な疑問が投げかけられます。この点で、裁判所は、確定判決におけるMCT118型DNA鑑定の「証拠価値がなくなった」と評価しました。
 これに加えて、宇都宮地裁は、「証拠能力に関わる具体的な実施方法についても疑問を抱かざるを得ない状況になったというべきである。」としました。
 それは、足利事件の再審公判において証人として証言をした弁護人側専門家たちが、一様に、確定判決で証拠となったDNA型鑑定の鑑定書添付のDNAのバンドの不鮮明さを指摘し、このような不鮮明なバンドでよって、何型であるかの異同識別を行うのは難しいと証言し、のみならず、検察官側証人も、その不鮮明さを認め、「普通であればやり直す」,「ベストではない,よくないバンドである」と証言していることによっています。そして、裁判所は、「これらの証言は,本件DNA型鑑定の中核をなす異同識別の判定の過程に相当程度の疑問を抱かせるに十分なものであるというべきである。」と結論しています。

飯塚事件のDNA鑑定

 DNA型判定は、DNAから抽出されたバンドが何番であるかを見取って行います。バンドが鮮明でなければ、それが何番の型になるか判定するのは困難です。足利事件では、被害者の衣服に付着していた犯人の精液の型判定に用いられたバンドが不鮮明だったのです。
 実は、飯塚事件で行われたDNA型の判定に用いられたDNAバンドの映像も不鮮明です。足利事件のものよりも鮮明度は低いと言っていいくらいです。その上、型判定を行った科学警察研究所の技官は、足利事件と飯塚事件とで同一人物です。そうなると、上記の最高裁判所の証拠能力基準からすれば、足利事件と同様、飯塚事件においても、具体的な実施方法、行った技官の熟達度において疑問があるとして、証拠能力が否定されるべき状況があります。
 それだけではなく、飯塚事件では、科学警察研究所が行ったMCT118型以外の方法でのDNA鑑定も行われたのですが、それらからは、犯人とされた久間さんのDNA型は検出されていませんでした。
 本来ならば、このような鑑定結果を得た場合には、久間さんを犯人として同定することには、大きな疑いが生じたと判断すべきでしょう。ところが、裁判所は、不鮮明なバンドで久間さんの型と一致したという判定を信じて、久間さんを犯人と断定し、死刑判決を下し、それが確定しました。のみならず、再審請求を準備していた2008年10月には、死刑を執行してしまいました。足利事件の再審裁判において、MCT118型DNA鑑定の証拠能力が否定される直前のことです。
 その後、死後再審が請求され、請求審においては、久間さんとは違うDNA型が発見されました。
 以上のような状況を前提とすれば、ここで、再審開始決定を出すのが、死刑判決を確定させてしまった裁判所の現在行える最善のことではないでしょうか。この欄でも、再審開始決定の報を待ちたいと思います。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。