【村井敏邦の刑事事件・裁判考(20)】
弁護過誤について(1)
 
2013年1月7日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)

 弁護人の弁護活動に誤りがあり、そのために無罪となるべきが有罪になったり、量刑が軽くなるべきところを重くなったりした場合を「弁護過誤」といいます。弁護過誤があった場合の取扱いについては、その弁護士が弁護士法上の責任を問われたり、依頼人との関係において民事責任を負うことはもちろんとして、刑事訴訟の関係でも一定の効果を付与すべきでしょう。弁護過誤があった場合には、被疑者・被告人が本来受けるべき有効な弁護を受けなかったとして、たとえば第1審の弁護活動に過誤があった場合には、第1審の有罪判決を破棄すべき理由となると考えるべきです。
 前回の弁護人の活動(こちら)は、あるいは検察官や裁判官の態度に対する若干の判断ミスがあったかもしれませんが、結局は、執行猶予になっているという結論を考えても、弁護過誤というほどのことではないでしょう。しかし、事件によっては、弁護過誤のために無罪となるべきものが有罪となったり、最終的には無罪となったとしても、それまでに大変な時間を費やしてしまったというものもあります。
 例を挙げて考えてみましょう。

足利事件第1審弁護人の弁護活動

 足利事件は、逮捕から再審無罪の確定まで、18年間の歳月がかかっています。その主たる原因は、捜査の問題にあります。しかし、第1審弁護人の弁護活動にも、大きな問題がありました。この事件の冤罪被害者菅家さんは、被疑者段階から第6回公判に至るまで、自白しておりました。第6回公判で自分はやっていないと述べたのです。
 このように、依頼者が弁護人に対しても自白を維持し、公判に至ってもその態度に変化がない場合、弁護人としては、基本的には、それを信じて弁護活動をする以外にありません。このような場合でも、無罪であることを前提とした弁護をしなければ、弁護過誤にあたるというのは、不可能を強いるものでしょう。
 しかし、足利事件の場合には、DNA鑑定の結果が出たとされる時点から、菅家さんの自白が開始されています。弁護人としては、この時点で、自白が強要されたのではないかと疑う余地があります。ただし、前回の事件と同様、足利事件においても、被疑者段階の証拠は開示されていませんから、被疑者から取り調べの状況について詳しい話を聞いていない限り、自白がどのような状況下で行われたかについての資料がありません。前回の事件においては、おとり捜査官が取調べをしていたのは、共犯者の方ですから、弁護人としては被疑者段階ではその事実を知りようがなかったのです。しかし、足利事件の場合には、被疑者との接見を重ね、取調状況について逐一聞くことに努めていれば、あるいは、DNA鑑定の結果を突きつけての自白の強要があったことが判明した可能性があります。実際、私は、この段階で新聞記者からの取材で、この点が最も問題であると指摘しています。岡目八目といえばそうですが、その可能性を疑うべきが弁護人ではないでしょうか。
 この時点で、自白を前提とした弁護を行なったことを責めることは酷だとしても、第6回公判で被告人が否認に転じた後に、その否認を撤回させたこと、さらに、最後の被告人質問で、再び自分はやはりやっていないと菅家さんが供述した時に、これを引き取って事実関係についてもう一度吟味検討することをせず、最終弁論において、事実関係について無罪方向での弁論をしなかったこと、これらの点は、弁護過誤と言われても仕方のないことでしょう。
 菅家さんは、唯一の味方であるはずの弁護人にも裏切られたのです。控訴審では弁護人が変わり、菅家さんの主張に沿って無罪の弁護が展開されますが、第1審弁護人の弁護活動の不十分さが有罪の確定まで至ったというべきでしょう。

鳥取連続不審死事件の弁護活動

 鳥取の連続不審死事件についての裁判員裁判において、先日、死刑判決がありました。この事件では、被告人は否認を貫いています。直接証拠はなく、状況証拠だけによって有罪が認定されました。判決後の記者会見での裁判員の感想でも、この事件の事実認定が大変に困難だったことが表明されています。
 裁判員の感想の中で、若干気になったのが、被告人は事件について何か語って欲しかったということです。被告人が黙秘していることが、裁判員が事実を認定するにあたって、被告人にとって不利益に作用したとすれば、大変に問題です。黙秘することは被告人の権利ですから、これを被告人に不利益な事実としてとることは、憲法上保障された権利を否定することになるからです。ただし、この事件では、単に黙秘していただけではない、弁護活動としての「疑問手」があるので、単純に、黙秘権侵害を問題にすることができません。

その「疑問手」とは?

 この事件の場合、被告人と犯人を結びつける証拠として検察官があげているものは、二人の被害者が飲んだとされる睡眠薬が同種のものであり、それを被害者に渡しうる人物が被告人しかいないことと、被害者は睡眠薬を飲んだ後に溺れて死亡していると考えられるところ、被害者らと行動を共にした被告人がずぶ濡れになって帰ってきたということです。
 以上の検察官側の証拠はいずれも状況証拠です。状況証拠による有罪認定については、2010年4月27日、最高裁判所第三小法廷が注目すべき判断を示しています。それは、「情況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである」というものです。
 この最高裁の示した基準に照らした場合、検察官側の提示した有罪証拠ではたして被告人が犯人であると認定することができるかは疑問のあるところです。
 鳥取事件の弁護人も、おそらくは、検察官側の有罪証拠が希薄であると考え、反証を提示することなく、検察官側の証拠の問題点を追及して、合理的な疑いを示すという方針を立てたと思います。
 この点は、必ずしも弁護方針に問題があるというものではありません。問題は、そのような弁護方針にも関わらず、冒頭で、被告人以外の真犯人を特定して主張したことです。しかも、被告人質問によってこの主張を裏付けると述べた上で、最終的には、被告人質問を行わなかったことです。以上の点が、私には「疑問手」と思われます。

<つづく>
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。