『憲法九条裁判闘争史』(その1)  
2012年10月22日
内藤功さん(弁護士)

―――内藤さんの本『憲法九条裁判闘争史 −その意味をどう捉え、どう活かすか』(かもがわ出版)が刊行となります。内藤さんは長く日本国憲法9条に関わる裁判にたずさわってこられましたが、そこからは裁判・司法を改革する課題も導き出されると思い、いくつかお尋ねします。よろしくお願いします。
 2001年に出された司法制度改革審議会の意見書にもとづき、この間いろいろな司法制度改革がすすめられました。内藤さんが手がけた裁判を振り返りながら、この間の司法制度改革をどのように評価されているか、お聞かせください。

(内藤さん)
 今般の司法制度改革では「国民の期待に応える司法制度の構築」が一つの重要な課題とされ、その一環として「裁判の迅速化」が進められました。私は迅速化それ自体に反対ではありませんが、私が担当してきた憲法9条関係の裁判の経験からは、裁判にはある程度の時間をかける必要があると思います。裁判官はある程度時間をかけて当事者の主張や気持ちをじっくり聞いて判断すべきです。そうでないと当事者の権利が守られないことになってしまいます。
 司法問題の中では裁判所の改革が遅れていると思います。私がたずさわった砂川刑特法事件では、東京地裁が米軍の駐留を違憲としましたが、政府は最高裁に跳躍上告しました。当時、安保条約に反対する世論と運動が盛り上がっており、政府は、安保条約は違憲ではないという最高裁の判決を早く得たかったからでしょうが、そこにはアメリカの意向が強く反映していました。最近、当時の最高裁長官が大法廷に係属中の砂川事件の評議内容をアメリカ大使に漏らしていたことが明らかにされています。安保・基地・自衛隊に関わる裁判での最高裁の対米従属性は正されなければなりません。
 具体的な問題としては、裁判官と検察官のいわゆる「判検交流」の弊害が大きいと思います。裁判官が法務省に出向して訟務検事として国側の代理人を務め、その後また裁判所に戻って国相手の訴訟などを担当するようなことはなくすべきです。

―――「国民の司法参加」も今般の司法制度改革の重要課題として進められています。この点についてのお考えもお聞かせください。

(内藤さん)
 裁判官には市民の気持ちや感覚もふまえて判断してもらう必要があり、「国民の司法参加」も重要だと考えます。同時に、私は、裁判官に市民の心を理解してもらうためには、法廷で代理人や弁護人が訴訟当事者の気持ちをふまえ、裁判官の心を動かすように努力していくことが大事だということも強調したいと思います。
 この点、私が手がけた裁判の中でも学ぶことがありました。恵庭事件でのことです。自衛隊の訓練による砲音・爆音に苦しんでいた野崎さんは抗議の意味で自衛隊の通信線を切断しました。決して乱暴な人ではない、その野崎さんがなぜそのような非常手段に訴えることになったのかを私たちは学び裁判所に訴えました。
 百里訴訟でも学びました。自衛隊建設のために土地の明け渡しを求められても、「平和のためならタダでも土地をあげる。しかし、戦争のためならいくら払うと言っても土地は売らない」という人たちが裁判でたたかったのです。戦後満州から引き上げてきた人たちはこの土地で苦労を重ねてきました。大金を積まれて土地を手放さざるを得なかった人たちがいる一方で、百里訴訟の反戦地主のみなさんは敢然とたたかったのです。こうした原告のみなさんの「心」が大事にされなければなりません。

―――法科大学院制度の創設など司法と法の教育についての改革についてはいかがでしょうか。

(内藤さん)
 私は、憲法、とりわけその9条を最大限活用して裁判をたたかってきましたので、そういうことを若い人たちに伝えていきたいと思っています。
 10年くらい前ですが、埼玉県の中学生が私のところに訪ねてきました。学園祭で恵庭事件をテーマした劇をしたいので事件のことを教えて欲しい、ということで、長い時間をかけて説明しました。私はその学園祭での劇を観に行きましたが、生徒たちは恵庭事件の事実、裁判の経過と結果を見事に演じました。その脚本も自分たちでつくったそうで、私はたいへん嬉しく思いました。憲法9条は非現実的だという批判もありますが、この生徒たちは戦闘機などが低空飛行で大きな被害を与えているという現実を知り、学ぶ中で戦争放棄・戦力不保持という9条の重要性を理解していきました。
 最近でも北海道教育大学の前田輪音先生が恵庭事件を学生さんたちに伝えておられます。私の『憲法九条裁判闘争史』がそのような教育の教材として活用されればありがたいと思います。
 法科大学院については、経済的に苦しい人や社会経験を積んだ人なども法律家になれるような教育機関になることを願っています。私のまわりにはそのような経緯を持ちながら弁護士になり、すぐれた仕事をしてきた弁護士が多くいますので、特にそのように感じます。

<次回に続く>
 
【内藤功さんのプロフィール】
1931年生まれ。弁護士として、砂川事件、恵庭事件、長沼事件、百里事件の基地訴訟にたずさわる。
1974年からは参議院議員を二期務める(日本共産党から)。
現在、日本平和委員会の代表理事を務める。
イラク派兵違憲訴訟全国弁護団の顧問も務める。
著書に『よくわかる自衛隊問題』(学習の友社)、『朝雲の野望』(大月書店)がある。2012年10月、『憲法九条裁判闘争史 −その意味をどう捉え、どう活かすか』(かもがわ出版)を出版。