犯罪をおかした人の更生に市民・弁護士はなにができるか?(その1)  
2012年1月16日
伊藤真(伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長)

<以下、監獄人権センター・伊藤塾共催の連続講座「犯罪をおかした人の更生に市民・弁護士はなにができるか?」(2011年9月〜2012年3月)開講にあたっての挨拶です。>

 みなさん、こんにちは。開会のご挨拶をさせていただきます。
大勢集まっていただき、ありがとうございます。今回の講座は5回です。連続講座「犯罪をおかした人の更生に弁護士・市民はなにができるか?」のプログラムを開催させていただきます。主催者の一人としてご挨拶を申し上げます。伊藤塾の塾長、そして法学館憲法研究所の所長をしております、伊藤真と申します。
 今回のこの講座のタイトルは大変長いものですが、弁護士・市民に何ができるか、と述べています。一般的に犯罪をおかしてしまった方の処遇というのは、縁遠いイメージがあるかと思います。また、弁護士・法律家にとってみても、裁判で判決をとるところまでは弁護士が頑張るのですが、判決が出た後の受刑者の処遇というのは法律実務家でもあまり関心を持っていない方もいらっしゃると思います。受刑者の処遇は法律家にとっても縁遠いところがあるのかもしれません。ただ、考えてみますと、これは身近な問題なのです。私たち市民は加害者になってしまうことも被害者になってしまうこともあります。その可能性はいくらでもあります。そしてまた、犯罪をおかしてしまった人が社会に戻ってきて、私たちの隣人として普通に生活していくという点でも、身近な問題です。そして、裁判員制度が始まりましたので、裁判員という立場で自分が判決に加わることになります。自分がくだした判断の結果がどうなるのか、犯罪をおかしてしまった人がどのように処遇されるのかという事実を知らないと、どういう判断をくだしたらいいのか、それはなかなか難しいです。市民が陪審なり参審なりの裁判に関わる前に、たとえば刑事施設を見学してみたり、受刑者がどのような処遇を受けるのかを勉強し、そして裁判で役割を果たす、そのような国もあると聞きます。裁判員制度が始まったということからも受刑者の処遇というのは身近で大切な問題になっています。まして、法律家をめざす人たち、そして法律家にとってみれば、受刑者の処遇を学ぶ重要性は言うまでもないことだと思います。
 今回の5回のプログラムは講演もあれば、実際の体験のお話もあり、実際に受刑者の相談に答えてみるワークショップも予定しています。まだまだ縁遠いと考えがちになる、この問題について、まずは第一に、現状を知るというところから始めたいと思います。現行法がどういうことになっていて、そして現行法がどのように運用されていて、そこには実際にどのような問題が起こっているのか、などを知る、ということが大切です。そしてそれを知った上で、二つ目に、その現行の制度のもとでよりよくそれが運用されるために市民ができること、法律家ができることは何かないだろうか、現行法のもとでも運用を改善できることが何かあるかもしれない、今回の講座はそのようなことを考えるきっかけになると思います。そして三つ目に、そもそも制度そのものをもっとよくすることはできないだろうか、ということを考えたいと思います。犯罪をおかしてしまった方々の処遇をどうするのか、ということは市民誰にも関わる大切な問題ですから、主権者である国民がこの国における受刑者の処遇をどうしていくのかを考えることは、とても大切なことだと思います。政治や行政があれこれしてくれることを待つのではなく、主権者たる市民として提言したりして、よい制度に進化させていくのはとても大切なことです。
 国際人権というレベルでみたとき、日本はまだまだ胸をはれる状況ではないと考えています。数年前に韓国に行きました。韓国では2001年に国家人権委員会ができて、政府からは独立した機関として、様々な人権問題に対応しています。国家人権委員会でいろいろなお話を聞きましたが、国家人権委員会に持ち込まれる相談の4割くらいは受刑者からのものだという話を聞きました。受刑者からの連絡を受け、国家人権委員会の人たちが受刑者のところに行って話を聞く、というようなことをしています。日本でも人権委員会をつくらなければならない、あるいは人権を守るための個人通報の制度をつくらなければならない、というようなことが、議論にはなっていますが、進み具合は芳しくないところがあります。このような問題を含めて受刑者の処遇の制度を改善していく、ということも視野に入れながら勉強することは大切だと思います。

<次回に続く>

* 連続講座「犯罪をおかした人の更生に市民・弁護士はなにができるか?」の今後のスケジュールはこちら
 これまでの講座の様子は伊藤塾HPから動画配信されています。こちら

 
【伊藤真プロフィール】
1958年生まれ。
1995年、憲法を実現する法曹養成のため「伊藤真の司法試験塾」(現在の伊藤塾)を開塾。
2002年、法学館憲法研究所を設立。所長に就任。
2007年、あらためて弁護士登録。法学館法律事務所所長。