松橋事件の再審請求に日本弁護士連合会が支援決定  
2011年10月31日
齊藤誠さん(弁護士)

1 松橋事件とは
  1985年(昭和60年)1月8日、熊本県下益城郡松橋町(現在の熊本県宇城市)で、同地に居住する被害者の自宅で刺殺死体が発見された殺人事件です。
  犯行現場には、犯人を特定できる遺留品はありませんでした。
  同町に住むMさんが、任意でほぼ連日に渡って取り調べを受け、さらに、ポリグラフ(俗に言う「うそ発見器」)で反応が出たと告げられて、犯行を自白し、逮捕されました。
  Mさんは、公判においては、第1回公判期日では罪状を認めましたが、第5回公判での被告人質問の際に犯行を否認し、その後一貫して無罪を主張しました。
  犯行とMさんを結びつける物的証拠(物証)は、何もありませんでしたが、Mさん宅で発見された切出小刀が凶器であると認定され、第1審である熊本地方裁判所では、Mさんが認めている銃刀法違反、火薬類取締法違反と併せて有罪となりました。
  この事件は福岡高等裁判所に控訴されましたが控訴は認められませんでした。さらに最高裁判所に上告されました。私はこの上告審において弁護人となりましたが、上告も認められませんでした。
  この結果、Mさんは服役し、1999年(平成11年)7月22日に刑期が終了しました。
  私は最高裁判所の上告事件の弁護人となり、上告は認められませんでしたが、再審を請求して、なんとかしてMさんの無実の罪を晴らそうと思いました。そこで刑事事件を一生懸命に取り組みたいと思っている若い弁護士に声を掛け、さらに熊本の弁護士にも声を掛けて弁護団をつくり、再審請求に向けての準備を始めました。
  その後日本弁護士連合会人権擁護委員会に事件委員会をつくり、様々な新証拠について検討し、かつ再審請求書の作成に取り組んできましたが、それが完成し、日本弁護士連合会に対して再審請求事件としての支援決定を申請したところ理事会でそれが承認され、この再審請求事件は日本弁護士連合会の支援するものとなりました。

2 判決の問題点
  本件は目撃者もいないし、凶器とされた切り出し小刀からは血液反応がありませんでした。また犯行時に着ていたという衣服からも血液反応はありませんでした。したがってMさんが犯人であることにつながる証拠は自白だけでした。
  しかも、その自白は重要な点で変遷していますが、それも新しい事実がでてくると自白が変わるというものです。最初の自白ではこの凶器とされた切り出し小刀には血がついていたとされましたが、その後この凶器から血液反応がないとわかると、自白はこの切り出し小刀に布を巻いて使用したと変わりました。その他軍手を使用して殺害行為を行ったとしていますが、当初は川に投げ捨てたと自白しましたが、川をさらったところ発見できなかったので、風呂の焚き口で燃やしたと変わりました。それから殺意を生じたという時期自身が変化しています。
  また自白は現場の客観的な状況を説明しなくてはなりませんが、犯行現場の状況において犯行に関連すると思われる重要な事実として犯行現場からは離れた、台所からトイレへ向かう廊下上に血痕様の靴下様の痕跡がありますが、自白はこの事実について全く説明していません。

3 無罪を裏付ける新しい証拠
(1)本件では、地方検察庁に証拠物の開示を請求したところ、ほとんどの証拠物が開示されました。その結果重大な新たな証拠物があることがわかりました。
(2)それ以外にも様々な調査と専門家に鑑定を依頼した結果新たな証拠が得られました。本件における新証拠というのは以下のものがあります。
   @変遷後の自白では、切り出し小刀に巻き付けて使用しその後焼却したことになっている巻き付け布が熊本地方検察庁に保管されていることがわかりました。
   A被害者の傷の状況が凶器とされる切り出し小刀の形状と矛盾しているという鑑定結果があります。
   B自白では第3創が致命傷ですが、被害者の着衣からの鑑定の結果、この第3創は、セーターの上から刺されており、自白では、この第3創における殺害行為の際、小刀が表皮に刺さった隙間から血が漏れ出したのを見たとしていますが、このようなことは見ることができないことが判明しました。
   C秘密の暴露(つまり、予め捜査官の知り得なかった事項で捜査の結果、客観的事実であると確認されたもの)とされた「D家の窓に明かりがついていた事実」が、関係者の話から、捜査の当初から捜査官は知っていたことが明らかにされました。
   D本件のポリグラフ検査は、質問法の精度が低かったり、あるいは質問自体が予想可能な質問であり、検査結果には信頼性がないという鑑定結果があります。

4 今後
  これから再審請求書を熊本地方裁判所に提出することになりますが、まずは再審開始決定を必ず得ることと再審が開始された後は隠された、さらに多数の証拠を開示させて、Mさんの完全無罪を得るよう頑張りたいと思います。

 
【齊藤誠さんプロフィール】
1968年 東京都立大学法学部卒業
1978年 弁護士登録。
2002年 弁護士法人斉藤法律事務所 設立

日本弁護士連合会の「弁護士業務改革委員会委員」「企業の社会的責任(CSR)と内部統制に関するP・T座長」「男女共同参画推進本部委員」等歴任。
共著に『21世紀の女性施策と男女共同参画社会基本法』(ぎょうせい、2000)、『男女共同参画推進条例のつくり方』(ぎょうせい、2001)がある。