福島原発被害と司法
〜あやまれ、つぐなえ、なくせ放射能被害〜
 
2011年10月3日
吉田悌一郎さん(弁護士)

1 はじめに
  去る9月19日、福島県のいわき市で、東京電力福島第一原発事故で被害を受けた個人や事業者の救済を目的とした「福島原発被害請求弁護団」(仮)の準備会が開催され、その様子は、朝日新聞や地元の福島民報、福島民友などにおいて大々的に報道された。
  この日の会合は、未曾有の人災である福島第一原発事故の被害者を救済しようと、いわき市の広田次男弁護士らの呼び掛けによるもので、参加した弁護士は、地元福島県及び関東圏(遠く山口県から駆けつけた弁護士も1名いた)から合計30名に及んだ。

2 一体何が問題か?
(1)審査会の指針の問題点
  この福島第一原発事故の賠償問題に関しては、原子力損害賠償法に基づき、文科省の下に原子力損害賠償紛争審査会が設置され、これまで審査会により第一次指針、第二次指針、第二次指針追補、中間指針が公表されている。ところが、この「指針」は、非常に広範かつ多様で深刻な被害実態を正確にはとらえておらず、賠償の基準として極めて不十分である。
  たとえば、中間指針によれば、慰謝料は震災から6ヶ月間は1ヶ月原則10万円(避難所生活の場合は12万円)とされているが、これは交通事故の自賠責保険の慰謝料額の基準(1日4200円)を参考にしている。今回の未曾有の放射能汚染の被害を、単なる自動車事故をモデルにし、しかもその中でも最低限の基準である自賠責を持ち出すこと自体、被害者の感情を逆撫でするものである。しかも、中間指針によれば、震災から6ヶ月経過後はその慰謝料額が半額の5万円に減額されることになっている。避難生活等が長期化すれば、通常は精神的苦痛も増大するはずであるが、そのようなことは全く考慮されていない。
  また、この中間指針の最大の問題点は、被害を政府による避難指示等のあった区域による線引きを行っている点である。政府は現在、福島第一原発から30K圏内を避難指示区域(警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域等)と位置づけているが、中間指針では、この賠償対象をこの避難指示区域内の被害者に絞り込み、被害を極端に矮小化しようとする動きが見られる。
  このような動きは、多様な被害者の要求に応えることにはならず、多数の被害者が賠償から置き去りにされることを意味する。のみならず、賠償範囲を限定することにより、これだけ大規模な原発事故を起こしても、原発賠償のコストは低額ですむという悪しき歴史的汚点を残すことにもつながる。
  そもそも、この審査会の指針は、単に東電と被害者との間の和解の仲介のための1つの基準であるにすぎず、法的拘束力のあるものではない。

(2)卑劣きわまる東京電力の対応
  ところが、事故を起こした加害者である東京電力は、これまで被害者に対して卑劣きわまる対応に終始している。
  まず、東電が早々に開始した仮払い補償金については、上記指針の対象内となる区域内の被害者のみを基本としており、しかも、仮払いの手続に住民票を要求するなど、被害者の神経を逆撫でする対応を行った。
  また、東電は9月に入り、仮払いを請求した被害者に本払用の請求書の書式を送付したが、その書式たるや、各所で批判されているとおり、請求書本文60頁、説明書160頁にも及ぶもので、被害者に対して極めて不親切なものである。
  その上、東電は現在、被害者が居住する各地の仮設住宅等に大量の従業員を派遣し、説明会と称する詐欺的被害者懐柔策を行っており、十分な法的知識を有しない被害者に対して、中間指針の範囲内の低額賠償で手を打たせ、次々と和解・合意に持ち込ませようとの汚い意図が見え見えの行動である。
  さらに、東電は、福島第一原発事故によって避難を余儀なくされ、現在仮設住宅等で不自由な避難生活を送っている被害者から、何と電気料金を徴収していたことが明らかになった。一部自治体においては、仮設住宅等で生活する被災者について水道料金を免除しているところもあるにもかかわらずである。
  また、東電は中間指針で線引きされた区域外の被害者に対しては、まったく賠償に応じる姿勢を示していない。
  こうした一連の東京電力の対応は、未曾有の原発被害事件を引き起こし、広範な地域に放射能汚染を撒き散らし、多数の被害者の人生や生活を破壊した加害者としての自覚がまったくないとしか言いようがない。

(3)被害の実態
  こうした厚顔無恥な東電の対応に対して、被害者の被害実態は極めて悲惨なものである。ある日突然故郷を奪われ、突然自宅から出ることを余儀なくされ、長期間の避難生活を強いられ、町が破壊され、コミュニティーは壊され、仕事を奪われ等々。また、避難区域外の事業者についても、広範囲でいわゆる風評被害等によって事業が立ち行かない状態が続いている。
  さらに、避難者の問題も深刻である。体育館等の施設による、プライバシーのない避難所生活で、場所によっては食事も満足に提供されないところもあった。また応急仮設住宅や自治体の公営住宅に移行した現在も、今後の生活不安等を抱える被害者が多い。
  また、いわゆる区域外避難者の問題も深刻である。現在福島県からおよそ4万人以上が県外に避難していると言われているが、その中には、上記政府による避難等の指示等があった区域外、具体的には、福島市、郡山市、いわき市等から避難している人々が相当数いる。
  そもそも放射線による人体影響は未解明な部分が多く、30Kという科学的根拠のない線引きを行い、その圏外だからといって安全だなどと到底言いきれるものではない。実際、30K圏外であっても、福島第一原発から20K圏内のいわゆる警戒区域よりも高い放射線量が検出されている地域もある。特に、放射線感受性の高い子どもの被曝リスクは、大人の場合よりも格段に高いとされている。
  こうした状況を考えれば、区域外の地域の住民が健康被害を危惧して避難を選択することは当然の合理的行動であり、当然の権利である。
  しかしながら、この区域外避難者は、上記中間指針ではまったく賠償の対象とされておらず、今後も指針に盛り込まれるか否かは不明確である。この人たちは、主に、地元に夫を残し、母親が子どもを連れて県外に避難しているというパターンが多い。当然、二重生活の経済的負担は彼女たちに重くのしかかっている。彼女たちは、子どもの健康を犠牲にするか、それとも家族がバラバラになることによる精神的な苦痛や家族の絆を犠牲にするかという、不合理かつ非人道的な二者択一を強いられているのである。

3 何を目指す闘いなのか?
  さて、私たち法律家は、こうした福島第一原発の多様で広範かつ深刻な被害を前に、何を目指して、どのように闘うべきであろうか、その基本理念を明らかにする必要がある。個人的には、言うまでもないことであるが、いやしくも原発被害者を食い物にしたり、これを機会に弁護士業務の職域拡大を図ろうとするようなビジネスのための活動であってはならないと思う。
(1)あやまれ、つぐなえ、なくせ放射能被害
  私は、これまで原爆症認定集団訴訟の弁護団活動に携わり、その中で何人もの被爆者の方々にお話をうかがう機会があった。各被爆者たちの被害実態や受けた苦しみはまさに多種多様であったが、どの被爆者も共通して核廃絶や二度と戦争を起こさないことを強く希望していた。この一点だけはどの被爆者にも共通しており、まさに戦争による原子爆弾の被害を受けた被爆者たちの根源的要求であることは間違いない。
  同じように、今回の福島原発の被害者たちに共通する基本要求は、東京電力に加害責任を認めさせ、被害の原状回復・放射能汚染の拡大防止や根絶である。この、あやまれ、つぐなえ、なくせ放射能被害という被害者たちの根源的な要求を明確にしておくことがまず重要である。そして、この基本要求は、必然的に福島原発の廃炉や脱原発要求に結びつくことになる。
(2)原陪審の「指針」にとらわれない「完全賠償」を目指す
  原陪審の「指針」の決定的な誤り、そしてそれに乗っかろうとする東電の卑劣さは上記のとおりである。「指針」の方針や東電の請求書方式に擦り寄ったような、いわば日和った弁護活動は許されない。それは、正当な賠償を受ける被害者の権利を侵害することになる。
  したがって、この「指針」の枠内にとらわれず、被害の実態を直視し、被害者に寄り添う。そして、「指針」の対象外とされている被害の救済にも真っ正面から向き合うことを基本とすべきである。
(3)国の責任の明確化
  被害者の基本要求を実現するためには、東電の責任のみならず、これまで積極的に原発推進政策を採ってきた国の責任を明確にすることは欠かせない。また、現実的にも、原発事故によって失われたあるいは破壊されたコミュニティーの復旧・復興をはかるためには、東電による単なる金銭賠償のみでは不十分であり、復旧・復興作業について。住民の意思を反映しつつ、国や自治体に責任をもって取り組ませることが不可欠であるが、その前提としてはやはり国の加害責任を明確化することが必要である。
  そこで、「被害」と「加害」の事実を明らかにし、国と東電の政治的・社会的責任のみならず法的責任を追及することも必要である。

4 司法に期待される役割
  今回の福島原発被害は、上記のように極めて深刻かつ、多様で広範な被害であり、私たち法律家に突きつけられた課題もとても重い。そして、今後、被害者の救済を求める闘いは裁判所において、つまり司法の場において行われざるを得ないであろう。
  その意味では、裁判所も国民的課題を突きつけられることになる。「あやまれ、つぐなえ、なくせ放射能被害」を実現するために、司法に期待される役割は大きいのである。

5 当事務所憲法学習会
  私の所属する渋谷共同法律事務所では、下記日時場所において、「震災と憲法」をテーマにした学習会を開催する予定です。お時間のある方は是非お立ちより下さい。
  日時:平成23年10月15日(土) 
     13時30分開場、14時開演
  場所:東京土建目黒会館(東京都目黒区目黒本町1−10−26)
     当日連絡先〜080−5433−3070
  参加費:無料
  http://www2.odn.ne.jp/sibuyakyodo-law/