成年後見選挙権訴訟と司法への期待  
2011年9月19日
小嶋麻友美さん(東京新聞記者)

  先に行われた民主党代表選で、自分たちの国のリーダーを選ぶのに一票を投じられないのをもどかしく思った人もいるのではないでしょうか。議院内閣制を採用する日本では仕方ありませんが、20歳以上の国民であれば等しく持っているはずの国会議員や市町村長を選ぶ権利を“剥奪”される人がいることは、あまり知られていません。
公職選挙法は11条で、例外的に「選挙権を有しない」人を定めています。真っ先に挙げられているのが、認知症や知的障害などで判断能力が十分になく、成年後見制度に基づいて後見人が付いた「成年被後見人」です。この規定が憲法違反だとして今年2月、被後見人の女性が東京地裁に選挙権の回復を求める訴訟を起こしました。さいたま、京都、札幌地裁でも同様の訴訟が提起されています。
  この訴訟を取材する中で、民主主義の土台である「選挙権」とはいったい何なのか、深く考えさせられました。言うまでもなく、現在の日本の選挙制度は普通選挙。憲法は成年の選挙権を保障し(15条)、選挙資格を人種や社会的身分、財産などで差別することを禁じています(44条)。海外在住の日本人に選挙権行使を認めていなかった制度(当時)を憲法違反と判断した2005年最高裁大法廷は、「国民の選挙権を制限することは原則許されない」とし、制限できるのは「選挙の公正の確保が事実上不能か、著しく困難になる場合だけ」という基準を示しました。主権者である国民の選挙権は、憲法上のさまざまな権利の中でも特に厳しく保護される必要があるのです。
  にもかかわらず、成年後見制度を使って後見人をつけたとたん、一律に選挙権を奪う公選法の規定は、あまりに粗雑で乱暴に映ります。そもそも、判断能力の衰えた人が契約や財産処分で不利益を受けないための制度、つまり知的障害者やお年寄りの権利を守るための制度なのに、憲法上の権利を一方で奪っていることになり、「立法上のミス」と指摘する憲法学者もいます。人権を重んじるヨーロッパ諸国では近年、同様の選挙権制限規定について廃止や見直しが進められています。
  行政訴訟で原告の勝訴率は10%程度とされています。具体的な法律の規定が争われた事例に限れば、違憲判断はこれまで数えるほどしかありません。司法判断は行政に甘いという批判は多く、行政訴訟にこそ裁判員制度を導入するべきだという意見も根強くあります。ただ、裁判員制度で刑事司法が変わり、裁判所全体に国民の視点を重視する姿勢は確実に生まれていると思います。行政訴訟も最近、権利救済に積極的な判決が目立ってきました。
  東京地裁の訴訟の第1回口頭弁論で、裁判長は「選挙権という重要な権利に関わることでもあり、徹底してやりたい」と述べ、意思能力がなくても一部の行為を有効と認めている民法との整合性や、諸外国の現状について、原告、被告双方に追加立証を求めました。裁判所の積極的な訴訟指揮に原告・弁護団は期待を寄せています。選挙権を失った人々の立場で見れば、一刻も早く立法、行政が法改正に動くべきなのですが、変わりつつある司法の判断を見てみたいという思いも捨てられず、訴訟の行方を見守っていきたいと考えています。

 
【小嶋麻友美(こじままゆみ)さんのプロフィール】
1999年中日新聞社入社。多治見支局、三重総局を経て、05年から東京本社(東京新聞)社会部。
司法記者クラブで検察、裁判を担当し、現在は東日本大震災後の日本を考える連載「3・11から」取材班。