受刑者処遇の現状と改革課題  
2011年7月25日
田鎖麻衣子さん(弁護士・NPO法人監獄人権センター事務局長)

 21世紀初頭、日本の受刑者処遇は大転換期を迎えた。02年、名古屋刑務所における受刑者の死傷事件が相次いで発覚すると、翌年には行刑改革会議が設置され、同会議による改革提言を受け、明治時代から100年近く生き続けてきた「監獄法」に代わって2006年5月、受刑者処遇法が制定された(現在は刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律=被収容者処遇法=に改正)。処遇法は、第1条においてその目的を「刑事収容施設の適正な管理運営を図るとともに、被収容者…の人権を尊重しつつ、これらの者の状況に応じた適切な処遇を行うこと」と定め、刑事施設運営の透明性を高めるため、全国の各刑事施設に「刑事施設視察委員会」を設け、各視察委員会には地元弁護士会推薦の弁護士委員、及び地元医師会推薦の医師委員が必ず選任されることとなった。また受刑者処遇の原則を「その者の資質及び環境に応じ、その自覚に訴え、改善更生の意欲の喚起及び社会生活に適応する能力の育成を図ることを旨として行うものとする。」と定め(30条)、改善指導の義務化をはかり、「適正な外部交通(=面会・信書のやりとり)が受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰に資する」(法110条)との観点から、従来禁じられていた非親族との外部交通を認めることとした。また、不服申立制度を整備し、法定された一定範囲の処分や事実行為に対しては、矯正管区、さらに法務大臣への不服申し立てを認め、法務大臣が棄却の判断をするにあたっては、外部有識者からなる不服検討会の審査を経るという仕組みがつくられた。
  こうした改革の一方で、懲罰制度をはじめとする規律・秩序関係については、監獄法下の実務をほぼそのまま踏襲する条文が盛り込まれた。また、被収容者からの苦情で最も多数を占める医療については、刑事施設医療を厚労省管轄へと移すべしという改革提案が顧みられることはなく、「刑事施設においては、被収容者の心身の状況を把握することに努め、被収容者の健康及び刑事施設内の衛生を保持するため、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする。」(56条)との原則規定、及び、指名医による診療制度が新設されるにとどまった。
  法の施行直後、外部交通については、従来禁じられていた友人・知人との面会が実現するようになり、当センターにも喜びの声が多く寄せられた。しかし、改善の喜びも束の間、しばらくすると、それまで認められていた友人・知人との外部交通が不許可になったという報告が、全国の刑務所から相次ぐようになった。その背景には、法改正による外部交通対象者の大幅な拡大に現場の作業が追いつかない(信書については検閲、面会については職員が立ち会う取扱いをする。しかしこれらの措置は法において必須とはされていない。)ため、外部交通の対象者を限定したいという要求、そして、暴力団関係者と被収容者との接触を断ちたいという施設側の本音がある。しかし、外部交通に関する旧法下実務への逆コースのなかで、更生保護関係者や本人の社会復帰を真剣にサポートする友人知人などとの外部交通までもが、杓子定規に遮断されるという大きな弊害状況が生み出されているのである。また、不服申立制度は、対象事項が限定されているうえに不服検討会の権限が極めて不十分であること、視察委員会制度についても、十分な権能が保障されていないうえに予算が非常に少額に押さえられており、刑事施設から独立した第三者委員会としての機能を果たすには、いまだ至っていない。
  他方、法改正の過程で改革を先送りにされた規律・秩序や医療に関連する分野では、相変わらず深刻な事態が続いている。医療部門が保安部門に従属しているため、医療上の必要性よりも、まずは職員の配置といった保安面の要請が優先され、患者が刑事施設職員である医師による診察を受けることも容易ではない。また、患者は常に詐病を疑われ、初期段階で適切な医療的介入を受けられないために、病状が悪化するまで放置されることも珍しくない。2007年には、徳島刑務所において、医療に名を借りた医師による受刑者虐待が発覚し、日本の刑事施設では極めて珍しい暴動にまで発展したが、法務省は、医師による虐待も、刑事施設医療の構造的問題も認めようとしなかった。
  法は、本年5月をもって、施行から満5年を迎えた。附則41条は、施行から5年以内に施行状況につき検討を加え、必要があれば改正などの措置を講ずるとしており、我々はこれを「5年後見直し問題」として、法改正への取り組みを進めてきた。しかし、法務省が行ったのは、法施行規則についての若干の改正のみであった。法は、すでに施行6年目を迎えているが、時の経過とともに、新法下での処遇の問題は、ますます明らかになりつつある。受刑者処遇の実情は、その国の人権状況の鏡とも言われる。今一度、法第1条の理念に立ち返った関係法条の改正をはじめ、改革を推し進めていく大きなうねりを作っていきたい。

 
【田鎖麻衣子(たぐさり まいこ)さんのプロフィール】
1993年東京大学法学部卒業。1995年弁護士登録(第二東京弁護士会)。NPO法人監獄人権センター事務局長。日本弁護士連合会刑事拘禁制度改革実現本部事務局次長、同死刑執行停止法制定等提言・決議実現委員会副委員長、同拷問等禁止条約に関するワーキンググループ事務局長。

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