生活保護基準の切り下げを問う ― 生存権裁判をたたかう(1)  
2011年5月23日
渕上隆さん(弁護士・東京生存権裁判弁護団)

―――2004年から生活保護の老齢加算が、2005年からその母子加算の段階的な廃止がはじまりました。生活保護基準のそのような変更に異議を唱える裁判=生存権裁判が2005年から各地で提訴されました。
  その後の政権交代の結果、母子加算については復活することになり、訴訟は取り下げられ、終結しましたが、老齢加算は復活していません。そもそも政府はなぜ老齢加算の廃止を決めたのでしょうか。それは当事者にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
(渕上さん)
  政府は70歳以上の生活扶助費受給者の老齢加算の廃止について、60歳代と70歳以上の消費支出額などを比較・検証して結論を出したと言っています。しかし、政府が集計したデータの信憑性には疑問が多く、その説明は納得できるものではありません。老齢加算の廃止は専ら財政的な動機に基づいて行われたのです。
  もともと高齢者の生活の特殊性をふまえて支給されていた老齢加算の廃止によって、70歳以上の受給者の生活扶助費はトータルで約20%も減額されたのですから深刻です。いま高齢生活保護受給者は粗末な食生活を余儀なくされ、友人・親戚等の冠婚葬祭の際にも祝儀金・不祝儀金も工面できず、およそ人たるに値する生活を送れない状況に陥っています。

―――生活保護を受けている方々にとって裁判をたたかうということは勇気のいることだったのではないでしょうか。
(渕上さん)
  生活保護を受けることは国民の権利ですが、日本社会においてはそれがなかなか理解されない土壌が根強く残っています。国から生活保護を受けているのに、国に文句を言うとは何事だと思われがちですので、生活保護を受けている多くの方々は、そのことを近所にも知られたくないと思っているのです。したがって、原告の皆さんが提訴に踏み切るには、やはり勇気がいりました。そして、裁判の当初は不安感に苛まれていました。
  しかし、原告の皆さんも裁判に慣れてくると法廷で堂々と陳述するようになりました。生活保護を受けることは権利なのだという自覚が深まっていきました。いま、原告の皆さんは生活保護の加算部分の廃止に反対して街頭でも訴えています。街頭では生活保護を受ける人たちをこころよく思っていない人にも会うことになるのですが、原告も皆さんは臆することなく、権利を主張するようになっています。

―――当初、各地の裁判所は原告の皆さんの主張を認めない判決を繰り返していました。原告の皆さんにあきらめの気持ちは生まれなかったのでしょうか。
(渕上さん)
  原告の皆さんは生活保護の加算部分廃止の見直しを求めて行政に働きかけても埒が明かず、そこで提訴しました。裁判では勝てるという期待感がありましたので、敗訴のときには本気で悔しがりました。しかし、裁判でのたたかいから脱落する人は出ていません。
  原告の皆さんは自分のことだけを考えて裁判をたたかっているのではありません。いまでは、生活保護は国民の権利であり、生活保護基準が不当に切り下げられてはならないという強い信念でたたかっています。

―――裁判を支援する人々の輪が広がっているそうですね。
(渕上さん)
  はい、老齢加算や母子加算の対象となっていない生活保護受給者のみなさんも裁判を支援しています。
  生活扶助費は実は最低賃金や健康保険にも連動します。そこで労働組合や様々な団体もこの裁判に注目し支援しています。

<続く>

 
【渕上隆(ふちがみ たかし)さんのプロフィール】

弁護士。東京生存権裁判、薬害ヤコブ病訴訟、中国「残留孤児」国賠訴訟、薬害イレッサ訴訟、などにたずさわっている。

【5・28シンポジウム 大災害からの復興と人間らしく生きる権利の保障を ―生存権裁判勝利をめざして―】

日 時 5月28日(土)14時10分〜16時30分
場 所 板橋区立文化会館 4階 大会議室
内 容 シンポジウム
      ・布川 日佐史氏(静岡大学教授)
      ・松崎 喜良氏(神戸女子大学准教授)
      ・黒岩 哲彦氏(弁護士・東京生存権裁判弁護団)
       司会 渕上 隆氏(弁護士・東京生存権裁判弁護団)
主催・問い合わせ 生存権裁判を支援する全国連絡会
             全生連気付 電話03-3354-7431