【村井敏邦の刑事事件・裁判考(1)】
付審判請求事件について
 
2011年5月2日
村井敏邦さん(大阪学院大学法科大学院教授)

最近の付審判請求事件:宇都宮事件と佐賀事件
  今年になって付審判請求事件について、2件の無罪判決が相次いで出ました。一件は、2006(平成18)年6月23日、宇都宮で発生した事件です。駐在所勤務の警察官が在日中国人の被害者を公務執行妨害罪で逮捕しようとして、拳銃を発砲して被害者を死に至らしたというもので、発砲したH巡査長を特別公務員暴行凌虐致死罪で遺族が告訴したのに対して、2008年7月、宇都宮地検は、正当防衛として不起訴処分にしました。遺族からの付審判請求を受けた宇都宮地裁は、2009年4月27日、審判に付する決定をしました。2年近くの審理の結果、本年2月、宇都宮地裁は、被告人の言い分を認めて正当防衛であったとし、無罪を宣告しました。
  もう一件は、佐賀県の事件です。2007(平成19)年9月25日午後6時ごろ、佐賀市の路上を自転車に乗ってふらふらと蛇行運転しミニバイクと衝突した知的障害者のYさん(当時25歳)が警察官に取り押さえられました。Yさんは取り押さえられている途中に意識不明となり、病院に急送されたが、間もなく死亡しました。
  2008年1月、Yさんの遺族は、Yさんがその現場にいた警察官に胸などを殴られるなどの暴行を受けて死亡したとして、警察官数人を特別公務員職権乱用等致死容疑で佐賀地検に告訴しました。佐賀地検は、捜査の結果、警察官らの職務の執行に問題はないとして、不起訴処分にしました。遺族からの付審判請求を受けた佐賀地裁は、2009年3月、特別公務員暴行陵虐罪でM巡査長一人を審判に付する決定をしました。付審判が請求されていたのは、6人の警察官だったのですが、取り押さえ行為の途中で被害者を殴ったという目撃証言のあったM巡査長以外は不問に付したわけです。その後、公判で、特別公務員暴行凌虐致死罪に訴因変更がされたのですが、本年3月29日、佐賀地裁は、被告人が被害者を殴打したという証拠がない、「殴ったように見えた」という証言を「取り押さえ行為を見間違えた可能性は否定できない」として、無罪判決を下しました。
  この事件では、被害者は何か罪を犯したので取り押させられたのではなく、保護のために取り押さえたというもので、保護のための取り押さえ行為が果たして適切なものであったかどうかが、一番の問題点だったわけです。公判で弁護側は「適切な保護行為であった」と主張し、暴行を否定しました。裁判所は、この弁護側の主張を認めたわけです。

「起訴は検察官」という制度の例外:準起訴手続
  イギリスでは、私人、とくに被害者または被害者の遺族が、刑事事件について裁判所に起訴を申し立てるという制度があります。いわゆる「私人訴追」です。これに対して、日本は、起訴する権限は、もっぱら検察官にあります。検察官が起訴権限を独占しているところから、「起訴独占主義」といい、また、国が起訴を行うところから、「国家独占主義」といいます。
  例外が二つあります。一つは、検察審査会による不起訴処分の審査とその結果の起訴強制です。この検察審査会の決定による起訴強制の事件として有名なものに、民主党の元党首小沢一郎氏の事件があります。この事件については、次々回に取り上げる予定です。
  もう一つの例外が、ここで取り扱っている「付審判請求制度」です。公務員職権濫用等の罪について告訴または告発をした人が、検察官のした不起訴処分に不服がある場合には、地方裁判所に事件を裁判所の審判に付することを請求できるのが、この制度です。検察審査会への審査の申し立ては、すべての事件についてできますが、付審判請求は公務員職権濫用の罪に関連するものだけです。この制度は、公務員が職権を乱用して人権を侵害する行為があった場合には、警察や検察が身内かわいさからかばい立てするなどの問題があり、起訴についても公正な判断をしないおそれがあるところから、検察官の判断に対して、人権擁護の観点からチェックをかける必要があるとして設けられたものです。検察官ではなく、裁判所の決定によって起訴が決まるので、「準起訴手続」とも呼ばれます。

付審判請求事件と一般事件の逆転現象
  付審判請求は、これまで約2万近くの公務員に対して起こされていますが、そのうち、審判に付されたのは昨年末の段階で23人だけです。千人に一人の起訴率です。一般の事件では、検察庁で最終的に処理された事件のうち、6%以上が公判請求されていることと比較すると、桁違いに少ない起訴率です。審判に付された者のうち、有罪が9人、無罪が9人です。有罪と無罪の合計で有罪率を見ると、50%ですが、23分の9ですと、30%弱です。一般事件では、たとえば、平成21年の数値では、有罪50万に対して無罪は75ですから、有罪率が99%以上です。一般事件の場合には無罪となるのがいかに難しく、付審判請求事件では、逆に、有罪になるのがいかに難しいかがわかるでしょう。最初にあげた2件の事件でも被告人の正当な職務行為であったという主張が通って無罪になっています。
  これら2件は、路上で起きたものなので、数少ないながら目撃者の証言も得られ、少なくとも起訴にまでは至りました。これまでも、数少ない有罪事例も大体において路上のケースです。しかし、付審判請求が行われる事件のほとんどは、取調官による行為が問題となったもので、密室における行為ですので、目撃者は当の警察官らと被害者だけというような事件です。そのため、証拠が少なく、また、警察官の行為が問題となるため、事件捜査に協力が得にくく、起訴にまで至らないのです。起訴後は、弁護士から検察官役が指名されて訴訟運営に当たるのですが、元々捜査が十分に行われたとはいえない事件が多い上に、警察・検察のような捜査機関ではない弁護士ですので、警察・検察の協力がない限り、組織的な公判対策ができません。そうしたハンディがあるため、付審判請求事件の有罪率は低くなるわけです。
  このような制度の欠陥を改善すべきだという声は、昔から出されているのですが、なかなか改善にまで至っていません。抜本的な対策が必要です。

付審判請求事件と裁判員裁判
  宇都宮事件も佐賀事件も最終的には特別公務員暴行凌虐致死事件が起訴罪名となっているので、裁判員裁判施行後に付審判決定があれば、裁判員裁判になっていた事件です。裁判員裁判の施行は、2009年5月ですので、いずれの事件も直前に付審判決定が出されており、裁判員裁判にはなっていません。
  ところが、奈良で発生した事件は、付審判請求事件としてはじめての裁判員裁判となり、その帰趨が注目されています。この事件と裁判員裁判との関係については、次回で取り上げることにします。

 
【村井敏邦さんプロフィール】

一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。