市民にわかりやすい司法へ(2)  
2010年10月4日
大河原眞美さん(高崎経済大学教授)
<前回からの続き>
 

―――裁判員制度がはじまり、裁判に対する市民の関心が高まっています。大河原さんは裁判員制度をどのように評価していますか。
(大河原さん)
私は裁判員制度には大いに期待しています。裁判に市民が参加するメリットがすでに出てきていると思います。
たとえば、裁判員裁判では、被告人を有罪と判断する場合でも保護観察をつけることが裁判官だけの裁判よりも増えているように思います。裁判員は、被告人に凶悪な面があると、その人が自分たちと同じ街に住むことをイメージし、そしてその人の更生のことなども含めて考えるのではないでしょうか。裁判員は、その人と自分たちがこの社会で共に生きていくストーリーを描いて判断しているのだと思います。プロの裁判官の場合、日常的に多くの刑事裁判にたずさわり、被告人のほとんどが有罪になっているので、被告人の量刑もたんたんとクールに判断していると思われます。裁判官には多くの事件を効率よく「処理」していかなければならないという事情があります。その点、裁判員は一回きりと思われる場で真剣に、そしてその被告人の人生にも着目し、市民感覚をふまえて判断・評議しています。刑事裁判は、どの被告人に対しても、決して無辜を罰してならない、という姿勢で丁寧に、真摯に判断される必要があります。裁判員制度の導入はそのためのよい契機になっていると思います。

 

―――裁判員制度が導入された背景には日本の刑事裁判の問題点があったと思いますが、大河原さんはこれまでの刑事裁判の問題点をどのようにお考えでしょうか。
(大河原さん)
えん罪が後を絶たない状況は変えなければならないと思います。
布川事件で無期懲役確定後に、いま再審をたたかっている桜井昌司さんのお話しを聞く機会がありました。市民は普通、やってない人が自白するはずない、と思いますが、桜井さんのお話しで、実はそうではないということがわかります。桜井さんは、警察官・検察官から執拗に自白を求められ、自分は犯人ではないことをわかっているから、したがって、裁判官なら絶対にわかってもらえるだろうと「ウソの自白」をしたのです。自分が犯人であれば、むしろ計画的に徹頭徹尾否認に徹することができるのです。甲山事件の被告人・山田悦子さんが書かれたものを読みましたが、いったん警察から疑われてしまうと、社会から遮断された異様な空間=取調室で自白を強要されることがあり、たいていの人は、とにかくそこから逃れたいと考え自白してしまうということでした。
えん罪を生んでしまった警察官や検察官、それを見抜けなかった裁判官には被告人に会って謝ってほしいと思いますが、組織体としては難しいところもあるのだろうと思います。怖いことです。
日本では取調べが可視化されていないことも大きな問題です。被疑者の供述調書は基本的には取調官の文章で、被疑者は署名しているだけです。しかもいろいろな事実がそぎ落とされた要約された文章、いわばカルテのようなものです。それが裁判の証拠となってもなかなか事実は明らかにならないのではないでしょうか。取調べの録画・録音も重要な課題だと考えます。

―――大河原さんは刑事裁判における弁護士の役割についてはどのようにお考えですか。
(大河原さん)
警察官や検察官は長い時間被疑者・被告人を拘束して話を聞きますから、その人の性格や癖がわかっているのですが、弁護士は接見時間などが限られていて、なかなか被疑者・被告人のこと全体を理解しにくいところがあるのではないでしょうか。それに国選弁護の場合は報酬も少なく、弁護士は他の仕事にも従事していることから、被告人の弁護への力の入れ方もいろいろではないでしょうか。弁護士の皆さんは、社会的に注目される刑事事件には力を入れますが、そうでない事件への関わり方との大きな差があるように感じます。
市民には「悪い人をなぜ弁護するのか」という感覚があります。人々の人権を守るために「無罪推定」や「疑わしきは被告人の利益に」などの原則の重要性がもっとわかりやすく示される必要もあると思っています。

―――言語学者として、一般的な言葉と法律用語・裁判用語の違いを示していただき、そこから司法をもっと市民にわかりやすいものにしていく課題を語っていただきました。本日はありがとうございました。

 
【大河原眞美(おおかわらまみ)さんのプロフィール】
高崎経済大学大学院地域政策研究科長。
専門は法言語学。日本弁護士連合会の法廷用語日常化検討プロジェクト外部学識委員、法と言語学会会長、日弁連法務財団研究主任研究員、分かりやすい司法プロジェクト座長、を務める。
著書に、『みんなが知らない“裁判ギョーカイ”ウラ話』(大修館書店)、『裁判おもしろことば学』(大修館書店)、『市民から見た裁判員裁判』(明石書店)、『裁判からみたアメリカ社会』(明石書店)がある。