市民の司法参加・裁判員制度と法教育(1)  
2010年8月9日
渡邊弘さん(活水女子大学)

 2008年に改訂された小学校・中学校の学習指導要領(社会科)には、「国民の司法参加」や裁判員制度について教えることが盛り込まれました。2009年に改訂された高等学校の学習指導要領(公民科)でも、裁判員制度を取り上げることとされています。現在、これら改訂学習指導要領の本格実施へむけ、先進的な学校では既に市民の司法参加や裁判員制度に関する授業が取り組まれるようになってきています。
これらの授業実践の多くは、新しい教育課題に果敢にチャレンジするものとなっています。しかしながら一方では、いくつかの問題点も明らかになってきているように思います。
第一の問題点は、市民の司法参加全般と裁判員制度の区分が明確ではない授業実践が散見されることです。市民の司法参加の形態には様々なものがあり、裁判員制度のみに限られません。日本の制度だけを見ても、検察審査会制度や調停委員の制度などがありますし、また、海外に目を転じれば、陪審制(主に英米)や参審制(主にヨーロッパ大陸諸国)といった様々な形態のものがあります。お隣の韓国でも、国民参与裁判という制度が導入されました。しかしながら、これまで様々な研究会や学会などで報告された市民の司法参加や裁判員制度に関する授業実践の中には、この二つの概念・制度の区分が曖昧であったり、あるいは、裁判員制度のみが市民の司法参加の形態であるかのような誤解を招きかねないものもあるように思います。現実に日本で導入された制度は裁判員制度ですから、それに関する内容が授業の中心となること自体は決して問題ではありませんが、しかし、裁判員制度以外の司法参加の形態について知ることは、よりよい司法参加のあり方を生徒に考えさせ、制度や法を変えることができる力を自分たちが持っている、ということを実感させるために、必要不可欠なことではないでしょうか。
第二の問題点は、裁判員制度が刑事裁判についてのみ導入されたことと関わって、その他の様々な裁判における司法参加の可能性や意義について教えることが等閑視されてしまうのではないか、という点です。日本では、司法制度改革審議会が議論を始める前から、民事裁判や行政裁判においても市民の司法参加の必要性や可能性が様々に議論されてきました。とくに行政裁判については、行政を監視するという観点からしても、市民の視点を導入することに意義を見いだす見解が根強く主張されてきました。このように幅広く司法制度全般について市民の司法参加の意義を考えさせることもまた、重要なことではないかと思われます。

次号に続く

 
【渡邊弘(わたなべひろし)さんのプロフィール】
活水女子大学准教授。日本弁護士連合会事務局職員、法政大学第二高等学校教諭(社会科)を経て現職。「法教育論の現状と課題」(『法の科学』40号〔2009年〕に掲載)、「新学習指導要領と法教育」(『民主主義教育21』第2号〔2008年〕に掲載)など論文多数。