模擬裁判を行って感じること  
2010年5月31日
大谷惣一さん(弁護士)

 私は,“第二東京弁護士会 法教育の普及・推進に関する委員会”と“日本弁護士連合会 市民のための法教育委員会”に所属し,“法教育”に関する活動を行っています。
“法教育”とは,法律専門家ではない一般の人々を対象に,法や司法制度,そしてこれらの基礎となっている価値を理解し,法的なものの考え方を身につけるための教育のことを言います。“法教育”では,“法的なものの考え方”を見につけるために,思考型・参加型の授業が行われます。典型的な法教育授業としては,模擬裁判や,ルール作り等があります。
このうち,私がこれまで関わってきた“法教育”の多くは,刑事模擬裁判でした。特に,“日本弁護士連合会 市民のための法教育委員会”では,3年間“高校生模擬裁判選手権”というイベントに関わってきましたので,以下,主として“高校生模擬裁判選手権”に関わった経験から感じたことなどをお話します。
“高校生模擬裁判選手権”は、1つの事件を素材に,参加各校が検察チーム・弁護チームを組織し、高校生自身の発想で争点を見つけ出し、整理し、模擬法廷で証人尋問・被告人質問を行います。刑事法廷で要求される最低限のルールに則り、参加各校の生徒が検察側と弁護側に分かれ模擬裁判を行う経験を通じて、物事のとらえ方やそれを表現する方法を学び、刑事手続の意味や刑事裁判の原則を理解することをねらいとしています。刑事模擬裁判といってもやり方は様々で,例えば,冒頭陳述・証人尋問・被告人質問・論告・弁論等は全て台本があるという形もありますが,高校生模擬裁判選手権は,台本などは一切なく,冒頭陳述から論告・弁論に至るまで,すべて自分たちで考えて作り上げていってもらうことになります。
ただ,冒頭陳述から論告・弁論に至るまでを,高校生に,自ら考えて作り上げていってもらう,というのは非常に困難を伴う作業です。そのため,日本弁護士連合会から高校生をサポートする“支援弁護士”を各校2,3名派遣します。この“支援弁護士”の負担はかなりのものです。まず,当然のことながら高校生の殆どは,公訴事実や冒頭陳述などといったテクニカルタームを全く知りませんので,模擬裁判を行うのにどうしても必要なこれらテクニカルタームについて,教授する必要があります。また,刑事裁判の手続きについても知識を教授する必要があります。更に,争点の把握や,争点について立証をするためどのような間接事実を取り上げればよいかなどについては,基本的には,生徒さん達に自主的に考えてもらう必要がありますが,それでも,全く見当違いの議論を続けているようであれば,問答などを通じて高校生に問題点に気付いてもらい自主的に軌道修正するようもっていかなくてはなりません。私も“支援弁護士”をした経験がありますが,かなりの時間を割いた記憶があります。また,私は承知しておりませんが,学校側の負担もかなりのものになるのではないかと思います。
このように高校生模擬裁判選手権は,多大な労力を要しますが,参加生徒に与える影響はかなり大きいと思われます。参加した高校生と話す機会がありましたが,どうして刑事裁判という,“重たい手続き”を経なければならないのか,とか,一つの事実でも多面的な評価が可能であることとか,きちんとした裏づけのある主張なのか分析しようとする姿勢だとか,社会に出て逞しく生きていくのに必要なものの見方・態度を幾分かは身につけてくれたな,と感じることができます。
他方,多大な労力を要するがゆえに,全ての生徒さんに遍く同様の機会を与えることができていないというのは,一つの課題でしょう(高校生模擬裁判選手権の関東大会では,出場校は8校に止まります)。
これを克服するためには,教材(記録)の簡素化・平易化を図るという方向性があってもよいと思います。
私は,高校生模擬裁判選手権のほかにも,独自の教材を用いて,模擬裁判の出張授業を行った経験がありますが,教材(記録)を少量にとどめ,できるだけテクニカルタームを使用しないよう内容を工夫すれば,2から3コマ位で,それなりの模擬裁判をすることは可能です。もちろん,その場合には,実際の裁判に擬するような高度な水準にまでは達しませんが,法曹を養成するための教育ではありませんので,それで十分ではないか,とも思います。
なお,教材(記録)の簡素化・平易化を図るには,学校の教諭の協力が必要と考えます。弁護士は,実際に授業を受ける生徒さんたちの学力等については全く解りません。これくらいのことはわかるだろうと思っていても,まったく通じなかったりすることもままあります。実際の授業の面だけではなく,教材(記録)作りの面からも,教諭と弁護士の緊密な連携が必要ではないでしょうか。

 
【大谷惣一さんのプロフィール】
2003年10月弁護士登録(第二東京弁護士会)。
現在 子どもの権利委員会,法教育の普及・推進に関する委員会などに所属。