法曹養成制度改革の今日的課題を語る(2)  
2010年1月11日
大出良知さん(東京経済大学教授)
中西一裕さん(弁護士)
伊藤真さん(伊藤塾塾長・弁護士)
前号からの続き】
【大出】 法科大学院教育を受け、新司法試験に合格して然るべき人たちが不合格になっている状況が問題だという認識は一致しています。この点をふまえ、法曹養成制度のあり方を検討しなければなりません。
私は、まずは新司法試験の合格者数を当初予定どおり3000人にしてもらう必要があると思います。
他方、いま文部科学省は各法科大学院に対して定員の削減を求めています。現在の状況の中で、当初想定した「7、8割合格」を実現するには、合格者数を増やすのが本筋だとは思いますが、教育体制の状況や教員の適正配置の必要性などをふまえるならば、当面削減もやむを得ないのではないか、とも思います。そういう状況に陥っているように感じます。
【中西】 2009年の新司法試験の結果ですが、いわゆる新卒の法学既修者の合格率は48.7%です。この間ほぼ既修者の合格率は50%前後です。大学によっては6割、7割になっています。その人たちは各法科大学院に入学する段階で法律の一定の知識を有していると判定され、その後法科大学院での教育を受けることによって、2年後には7割、8割が合格する状況になっています。もちろん当初は未修者でも3年の法科大学院教育を受ければ新司法試験に合格できることが想定されていたのであり、それはまったく実現していません。
問題は法科大学院が大幅に水増しされていることであり、院生の定員も含めてそれを適正に減らす、ということが必要だと思います。
【伊藤】 既修者というのはすでに現行の司法試験の勉強もずいぶんしてきていて、条文の趣旨なども理解していて、ある程度法律的な文章も書ける人たちです。そういう人たちは法科大学院で、いままで勉強してきた判例や通説以外の考え方も学び、自分の頭で考え、実務に対応する能力も身につけていっているようです。そこのところはうまくいっているように思います。
ただ、法律の知識を持ち合わせずに入学した人たち、つまり純粋な未修者の人たちに対する基本的な法律教育は大いに改善されなければならないのではないでしょうか。
【大出】 経過的には法科大学院に2年制ができてしまったことよって、本来あるべきシステムが歪められてしまったのだと思います。
法科大学院の構想はもともと3年制でした。それは従来の法学教育ではなく、法律家として持つべき能力を、時間をかけて身につけてもらう必要があったからです。ところが、日本の場合はアメリカなどとは違って、もともと大学に法学部というものがあって、その学生を2年制の法科大学院に受け入れることも認める、いわゆる日本型ロースクール制度になってしまったといういきさつがあります。そうなると、既修者と未修者には法学の知識量の違いがあり、試験の仕方によっては、明らかに試験結果での落差が出てきてしまいます。
したがって、私は、法律家にとって必要な能力とは何なのか、ということがあらためて真剣に検討されなければならないと思います。“司法試験に受かった者には法律家としての能力がある”と変な思い込みが蔓延していますが、それは、法律家にとって必要な能力とは何なのかという問いへの答えではありません。
法律家になる人には、最低限の法律知識は身につけてもらう必要があるとしても、法律のすべてを覚えるなんて無理です。法律を調べ、使いこなせる能力さえ身につければ、あとはOJTによって法律家の仕事ができるわけで、そのようなことを涵養する教育が法科大学院でなされ、それを新司法試験で試すようなシステムが構想されるべきです。
【伊藤】 新司法試験も、本来はこれから法律家としてやっていける人なのかどうかを確認する内容にし、そのような水準で合格させるようにしていくべきなのでしょうね。
新制度は“プロセスによる法曹養成”ということが構想されたわけですが、実際には新司法試験は一発勝負、しかも受験は3回までという回数制限が課されました。時間とお金を費やした受験生たちが、とにかく新司法試験で合格したいと考えることは仕方ないことです。以前から言ってきたのですが、私は、いっそうのこと試験をなくしてしまった方がよいと思います。
【中西】 やはり法科大学院生が安心して勉強に打ち込めるよう環境をつくらなければなりません。しっかり勉強していれば新司法試験に合格できるという状況になっていないことが大きな問題です。
【大出】 法科大学院生の多くは、2年間・3年間、朝から晩まで、実によく勉強しています。その人たちは研修所で教育を受け、OJTなどによって十分に法律家としてやっていけるのに、合格枠のせいで、少なくない人たちが新司法試験で不合格になってしまう。
合格枠が広がらない理由として、結局は、弁護士が増えると「食べられなくなる」ということになってしまっているのかもしれません。もはや法律事務所サイドで新人弁護士を受け入れ、育成していく体制がないという声も聞きます。しかし、私は弁護士会が全体として新人弁護士をサポートする体制をとることで、いろいろな解決は可能だと思います。
【中西】 過疎地域への弁護士の配置、被疑者弁護の充実などを考えると、弁護士の数はまだまだ足りず、もっと増やさなければならないと思います。いま新人弁護士が法律事務所に入るのではなく、即独立・開業する場合が増えていて、その人たちに対するOJTは弁護士会の中でもいろいろと検討し対応をしているところです。
なお、私は、社会人だった方で法科大学院修了を経て試験にも合格した方を知っています。その方は社会人時代の経験や人脈を活かし、すでに新人弁護士としても幅広く活躍しています。新しい制度のもとで、このような例が増えることに期待しています。
【伊藤】 私の塾にも、弁護士になれたとしても仕事があるのか不安だという塾生が少なくありません。しかし、たとえば私が弁護士になった頃にはインターネットなどありませんでしたから、そういう分野での弁護士の仕事はありませんでした。また、その頃に中国関係の仕事も、著作権に関わる仕事もあまりありませんでした。多重債務者問題もほとんど顧みられることはありませんでした。ところが、時代の変化とともに弁護士の新しい仕事はどんどん増える。決して心配いらないし、また弁護士になってそういう仕事を開拓して欲しいと言っています。
ところで、2011年から予備試験が始まります。法科大学院が多様な知識や経験を持っている人たちを十分に受け入れられない現状を考えると、予備試験はそのような人たちにチャンスを与える場にもなってもらいたいと思っています。
【中西】 本来は、法科大学院が法学部以外の学部出身者や社会人などを受け入れ、新司法試験にも合格するようにしていくことが求められると思います。多様な人材を法曹界に迎え入れていくことは本当に重要です。
【大出】 法曹養成制度の改革に向け、伊藤さんには率直な問題提起もしていただきました。本音によるエキサイティングな議論になってよかったと思います。また、議論の機会をつくりたいと思います。本日はありがとうございました。
 
【プロフィール】
大出良知氏(東京経済大学現代法学部教授。刑事訴訟法学・司法制度法論を専攻。元九州大学法科大学院長、日弁連法務研究財団認証評価事業評価委員)
中西一裕氏(弁護士。日弁連法科大学院センター委員、日弁連法務研究財団認証評価事業評価委員、日弁連法曹養成対策室室長(2004年から2008年)等を歴任。)
伊藤真氏(伊藤塾塾長。弁護士。法学館憲法研究所所長)