地方からの提言−法科大学院の定員削減・新司法試験の改善について  
2009年11月16日
宮城哲さん(弁護士)

第1 はじめに
新しい法曹養成制度は順風満帆ではなく,むしろ様々な困難な問題を抱えているが,地方において法曹養成に携わっている者の一意見が,もしかしたらその改善に少しでも役立つことがあるかもしれないという気持ちから,私なりに緊急かつ重大な問題だと考えている法科大学院の定員削減と新司法試験の改善という2つの問題について意見を述べたい。

第2 地方の法科大学院の存続・充実に配慮した定員削減のあり方
1 定員削減問題の背景
法科大学院制度が抱える様々な問題を引き起こしている原因の一つは,適正規模を大きく超えた定員数の法科大学院の設置が認められたことである。これにより,新司法試験の合格率が当初の想定を大きく下回ることになり,法曹を目指す質の高い入学希望者が減少するという深刻な問題が生じた。また,質の高い教員や入学者には限りがあるのに,過大な定員数の法科大学院が存在することから,必然的に質の高い教員や入学者を奪い合う構造となり,旧司法試験で実績のある大都市圏の有名大規模校が,質の高い教員や入学者の確保という点で優位に立ち,その反面,他の法科大学院(特に,地方の小規模校)は,質の高い教員や入学者の確保が困難となり,新司法試験の合格率も低迷するという構造となっている。
法科大学院全体として,質の高い教員による質の高い教育を実施し,新司法試験の合格率を上げ,多様かつ有為な人材に法曹を目指してもらうためにも,法科大学院の総定員の削減は必要不可欠であろう。

2 定員削減に関する文科省の対応の問題点
文科省は,定員削減実現のため,中教審法科大学院特別委員会が示した(1)質の高い教員の確保が困難,(2)質の高い入学者の確保が困難,(3)新司法試験の合格率の低迷が継続しているという基準に基づき,特に地方の小規模法科大学院に対し,定員の大幅削減を強く求めた。その結果,平成22年度の入学定員は,地方の小規模法科大学院が大幅削減を余儀なくされた反面,首都圏の私立大規模校など相当数の法科大学院が削減しなかったため,東京都所在の法科大学院だけで全国の法科大学院の総入学定員数の約半数を占めるなど大都市圏に法科大学院が集中するという地域格差をますます拡大させた。
このように,法科大学院が大都市圏に集中し,地方では減少・消滅するということになれば,経済的に余裕がないとか仕事や家庭の事情等から大都市圏の法科大学院に進学できない地方在住者が法科大学院に進学することを事実上断念させることになる。これでは,法の支配を全国あまねく実現するため,あらゆる地域・あらゆる階層等から有為で多様な人材に法曹になること目指してもらう制度的担保ともなる法科大学院の全国適正配置の要請に反することになり,妥当でない。

3 地方の法科大学院の存続・充実に配慮した定員削減方策
法曹の多様性確保や法科大学院の全国適正配置という要請に照らせば,地方の法科大学院や特徴ある小規模法科大学院(法曹の多様性確保に貢献する法学未修者コースに特化しているとか,夜間コースがあるなど)の充実こそが必要であり,かかる要請と定員削減の要請が調和的に実現できるような方策がとられるべきである。また,効果的に大幅削減を実現するという観点からは,大規模校の大幅削減が最も効果的であるし,大都市圏の大規模校等の大幅削減が実現すれば,質の高い教員や入学者の大都市圏への一極集中・偏在の状態が解消ないし減少し,地方の小規模校の抱える質の高い教員ないし入学者の確保という問題も緩和され,地方での教育の質や新司法試験の合格率の向上も期待できる。
そこで,定員削減の問題は,法科大学院の最大入学定員を例えば150人とするなどの方法により,大規模校の定員の大幅削減を先行することによって実現すべきである 。このことは,法科大学院における少人数教育の徹底及び臨床教育の充実という観点からも正当化されよう。もちろん,大規模校の抵抗等からその実現は簡単なことではないが,代わりに研究者養成の拡充を認めるなどの対応をすることによって,実現可能性もあると思われる。
なお,本年10月23日,九弁連定期大会において,同趣旨の「地方の法科大学院の存続及び充実を求める決議」がなされていることを付言しておく。

第3 新司法試験の改善
1 短答式試験の改善の必要性
新司法試験においては,法学未修者の合格率が法学既修者の合格率を大きく下回っていることが最も重大で深刻な問題であろう。私が所属する法科大学院が3年課程の法学未修者コースしかなく,他学部出身者や社会人経験者の割合が多いということもあるが,それよりも,法学未修者は新司法試験において不利だというデータの存在自体が,他学部出身者や社会人経験者等を法曹界から遠ざける要因になるからであり,新司法試験が法学既修者に有利なものになっていることにより,法学未修者コースを標準とする法科大学院制度の理念が歪められているからである。
昨年11月1日に開催された日弁連主催の新司法試験シンポジウムにおいてパネリストとして発言させていただいたところであるが,法学未修者と法学既修者の合格率の差をもたらしている主要な原因は,短答式試験だと考えられ,短答式試験の見直しが是非とも必要である。もちろん,司法試験は資格試験であり,合格者にはそれにふさわしい能力が必要であり,合格者のレベルを下げるわけにはいかない。但し,新司法試験は,法科大学院教育との有機的連携が求められ,旧試験とは大きく異なる制度になっており,合格者としてふさわしい能力は,新しい制度を前提に考えるべきである。しかるに,今の短答式試験は,旧試験よりも実質的に4科目増えているにもかかわらず,憲民刑3科目だけの旧試験と同じように六法の参照を許さない上,旧試験よりも一問当たりの解答時間を短くしながら,より多くの問題を解かせるという極めて過酷な内容になっており,法科大学院入学前に法的知識の蓄積のない法学未修者に不利な制度であることは明らかである。リサーチ力が鍛えられている新しい制度において,7科目すべてで,多くの問題につき,六法も見ず,短時間で正解を導き出す知識や能力を有していなければ法曹としての適性がないとはいえないであろう。また,短答式試験の準備の負担が大きければ大きいほど,論文式試験の準備にかけられる時間が相対的に少なくなるし,司法試験科目ではないが,法曹にとって必要な能力を身につけるための科目の学修が疎かになるという弊害があることも忘れてはならない。
短答式試験については,六法を参照させないのであれば,運転免許の学科試験のような形で,法曹なら誰でも六法を見なくとも知っているような知識・理解を試す試験にすべきであるし,現在のような出題方式を維持するのであれば,問題量を減らした上で六法の参照を許すべきである。

2 試験科目の配点割合の見直しの必要性
昨年の日弁連主催新司法試験シンポジウムのパネリストとして,民法と他の科目の配点が同じであることの疑問から,新司法試験は法科大学院教育を踏まえたものでなければならず「法科大学院における平均的なカリキュラム編成を反映した科目の配点にするよう改善をすべきではないか」という問題提起もさせていただいた。これは,法科大学院と新司法試験の有機的連携という視点からの問題点の指摘であるが,さらに,司法修習も視野に入れた3つの制度の有機的連携という視点からの問題提起もしておきたい。
司法修習は,民事事件と刑事事件を扱う科目だけであり ,憲法や行政法がいくら得意でも,評価の対象にならず,民法や刑法の理解が不十分だと落ちこぼれてしまう。これに対し,新司法試験の配点は,民法や刑法と憲法や行政法はほぼ同じであり,民法や刑法の出来が良くなくても,憲法や行政法が良く出来ていれば合格できるという制度になっており,民法と刑法の重要性は相対的に低いといえ,制度間のギャップが認められる。かかる状況において,司法修習の側から,司法修習生の中に民法や刑法の基本的な理解ができていない者が少なからずいるという声があり,これを受けて法科大学院において法律基本科目の単位数を増やすということが検討されているが,司法修習の側が求めている民法と刑法の教育の充実を実現するためには,新司法試験科目の配点割合を見直し,民法や刑法の配点を高くすることが効果的である。法科大学院教育は,新司法試験の影響を強く受けるから,新司法試験の配点を変更すれば,必然的に,法科大学院教育(特に学生の自主学修)における民法や刑法の重要性が増すからである。逆に,新司法試験科目の配点割合が変わらなければ,法科大学院において法律基本科目の単位数を若干増やしたからといって,十分な改善にはならないと思われる。このように新司法試験科目の配点割合の見直しは,これまで十分ではなかった法科大学院・新司法試験・新司法修習の有機的連携を実現する鍵ともいえる。
法務省・司法試験委員会は,早急に司法試験科目の配点割合の見直しをすべきである。

 
【宮城哲さんプロフィール】
弁護士(沖縄弁護士会),琉球大学法科大学院准教授
日弁連法科大学院センター委員,九弁連法科大学院の運営協力に関する連絡協議会副委員長,沖縄弁護士会法科大学院に関する特別委員会委員長