労働裁判、労働審判の現状と問題点  
2009年10月19日
笹山尚人さん(弁護士)
1.労働事件の現状

私の取り扱う業務のうち4割くらいは労働者側の労働事件。
雇用情勢の悪化を受けて、労働事件は増えている、というのが実感。取り扱う事件のうち、種類としては「解雇・雇い止め」、「残業代など賃金未払い」「いじめ、パワハラ、セクハラ」が多い。解雇ケースでは、昨年末から話題をさらった「派遣切り」「非正規切り」も多数含まれる。
ケースの増加を受けて、裁判所に持ち込むケースも多くなっている。東京地裁では、裁判所に持ち込まれる労働事件のうちの半数は、労働審判が占め、仮処分が激減したとのこと。今、多くの労働事件は、労働裁判か、労働審判で解決されている。
労働審判は、個別的労使紛争を、簡易迅速、柔軟適切に解決することを目的につくられた制度で、平成18年4月からスタートした。なんと言っても3回しか審理ができないため、解決が早いというのが大きな特徴で、私も労働事件の解決手法として、労働組合が絡まない個人のケースでは、まず労働審判で解決できるかを考えるというくらい、多用している。しかし、労働審判が3回しか開けないということは、逆に、事実の確認が複雑多岐に亘る場合や、法律の解釈適用が困難な事件では適さないということとなり、そうしたケースは労働裁判に持ち込むことになる。
2.労働審判の問題点

労働審判では、第1回の期日で事実の確認を終え、話し合いの手続きに進み、課題を明らかにして終了し、第2回の期日で両者が課題についての検討結果を出し合って妥協点を探り、歩み寄って調停成立、解決…、というのが私が体験する多くのパターンである。それで労働者が満足する一定の解決は導き出せる。裁判には時間と労力がかかるが、その労働者の負担を減らし、早期に労働者の権利を実現するということには確かに大きく貢献している。その意味では、労働審判制度の創設は、非常に成功している改革の一つだったといえる。
他方、いつも感じるのは、「時間的に短く解決する」ということは、往々にして「適当なそこそこの解決」に陥りやすい、ということだ。例えば解雇された労働者は、「あんな会社に戻りたくない」ということで金銭解決を選択しがちだが、会社の不当性を弾劾し、職場に戻る、ということに全力を尽くさない、ということでいいのか。解決水準も、「落としどころ」を探る感覚から、本来からすればこの程度の金額で、と感じる少額での金銭解決に終わることもある。会社の不当性に労働者がじっくり向き合いたくないのだから良いのかもしれないが、私としては「一丁あがり」といったナアナアの解決ではないかと、釈然としない思いが残ることがある。
以前、労働法の改正の一環として「解雇を金銭で買う」制度が法案として出されそうになった。その話は労働側からの猛反発で先送りとなったが、労働審判の実状は、それを先取りして行っているような部分があって、注意が必要だと私は感じている。
その他、証拠は裁判所には1通しか提出できず裁判官である労働審判官と対等に審理に参加する民間出身の労働審判員には証拠を渡せないとか、事件が多くなったせいか労働審判官である裁判官の判断が粗いと感じることが多いといった問題点もある。
3.労働裁判の問題点

労働裁判で感じる問題点を述べると(これは労働審判にも共通する課題である。)、私が感じるのは、労働者と使用者の力関係と証拠の偏在をきちんと見ていない裁判所の対応が多いことだ。
労働事件では使用者のほうが圧倒的に力関係は上だし、証拠もたくさん持っている。なのに労働者と使用者を同じ土俵に立っている対等な力関係を持つ当事者同士かのように考え、「あなたの言い分は立証できていないから認めない」式の判断をすることの多さにはいつも疑問を感じる。
また、労働法は、労働者にとって優しくできていないことも多い。「あなたの気持ちはわかるが、あなたの気持ちを実現する法律がないから救済できない。」という判断が多いことにもうんざりしている。法律を形式的に適用するだけなら、裁判所なんて要らない。
4.事実をベースにした粘り強いたたかいを

上記の問題点に対しては、事件自体は多いのであるから、事件を通じて一つ一つ問題提起して粘り強くたたかうことが必要だと考えている。
その際、大切なのは、やはり事実だ。「この事実をそのままに出来るのか。」ということを、常に問題提起し続けられるか。私たちの課題は、そのことだと感じている。
 
【笹山尚人さんプロフィール】
1970年札幌市生まれ、1994年中央大学法学部卒業。2000年弁護士登録、東京法律事務所所属、第二東京弁護士会会員。
労働事件と労働運動を主たる活動分野として、青年労働者、非正規雇用労働者の事件を中心に担当する。首都圏青年ユニオン顧問弁護団事務局長。
著書に「人が壊れてゆく職場」(光文社新書)、「労働法はぼくらの味方!」(岩波ジュニア新書)など。