【村井敏邦の刑事事件・裁判考(84)】
ゴーン日産前会長の事件
 
2018年12月27日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
 自動車会社日産の会長だったゴーン氏が東京地検に逮捕されました。容疑は、会長報酬の過少記載で、金融商品取締法違反ということです。この事件には、刑事法上の問題がいろいろあります。
 まずこの事件の捜査が司法取引によって開始されたことです。第二に、勾留期間の問題です。第三に、この罪のほかに特別背任罪も問題になっていることです。

ゴーン事件と司法取引
 司法取引については、適用第一号事件は、制定の目的として当局が言っていたこととは違うのではないかという指摘をこの欄でしました。オレオレ詐欺などの組織犯罪について、その全容を解明するための手段として導入されたというのが、立案当局の説明でした。ところが、第1号事件では、会社が両罰規定の適用を免れるために、その被用者の罪を積極的に捜査当局に申出たというのです。これは背後にある組織の犯罪を摘発するための適用とは違うことが明らかでした。
 今度の事件はどうでしょうか。会社の会長職の人物の犯罪捜査に、その会社の執行役員が協力したというもので、第一号事件とはかなり様相が違っているように見えます。しかし、はたしてそうでしょうか。
 日産は犯罪組織ではありませんし、とくにその会社の組織的な犯罪を摘発するための司法取引ではありません。報酬の過少記載という形式犯であり、しかもきわめて個人的な行為です。その過少記載自体取締役会の決議があったということならば、組織的行為と言えそうですが、その点は必ずしも明らかではありません。あくまでも会長個人の報酬の記載が問題になっているので、組織的決定があったとしても、権限乱用が問題になっても、組織的犯罪というような性質の問題ではありません。
 会社自体は組織をあげて捜査に協力する体制のようなので、それ自体証拠収集など捜査への組織的障害が予想されるような事態ではありません。
 司法取引制度導入の目的との乖離に加えて、そもそもこの制度を適用しなければならないような事情があったか、疑問です。司法取引適用の必要性があったかということでは、第一号事件と同様です。

勾留問題
 ゴーン氏の身柄拘束については、海外からの批判が強くあります。そもそも日本の勾留の運用については、人質司法という批判が日本でもあるところです。
 一般的な問題を別にしても、今回の事件の身柄拘束には疑問が出されていました。
 金融商品取引法違反については、基本的な事実関係には争いがないようです。記帳していない部分の法的性格の問題が争点になるので、事実についての罪証隠滅の可能性は考えなくてよいはずです。逃亡のおそれについては、フランスに帰国する可能性があるということで、出廷を確保できないということでしょうが、フランスでの居所、住所は捜査側が把握しているでしょうから、特別に問題があるとは思われません。
 このように、勾留の基本的要件に該当するかが問題の上、そもそも長期間の身柄確保が必要かです。日産が会社全体として捜査に協力する体制では、追加の証拠収集についても特別の障害があるとは思えません。長期の勾留の必要性はないでしょう。

勾留延長請求の却下
 東京地裁は、検察官の勾留延長申請を却下しました。勾留の必要性そのものへの疑問がある上に、勾留延長はまして必要がありません。この勾留延長請求には、法的にも問題があります。
 検察官は、勾留の理由となっている報酬金の虚偽記入の罪に加えて、別の過少記載があったということで、再逮捕して勾留延長を請求しました。これに対して、裁判所は、この過少記載の罪は勾留の理由となっている罪と一体のもので、同時訴追が可能であったとして、延長請求を却下しました。
 実質的に一体の関係にある罪の勾留については、つい最近(2018年10月31日)の最高裁判所の判例の事案があります。
 この事案は、大麻の代替物の所持の罪で勾留された後、大麻の営利目的輸入の罪で勾留請求されたことに対して、原審は、両罪は実質的に同一であり、同時処理の可能性があったということで、勾留を却下したというものです。この事件で、最高裁判所は、この原審の決定について、両罪が実質的に同一であるという理由だけで同時処理の可能性を認めたのは承服できないが、決定を覆すほどの実質的正義違反があるとは言えないとして、勾留を却下した決定の結論を維持しました。
 この判例の事案と過少記載の分割による逮捕勾留と勾留延長という今回のケースを比較すると、この今回のケースの方が実質的一体性は強く、むしろ、一罪と評価されるべきものでしょう。その点からするならば、今回の勾留延長を認めなかったというのは、当然というべきでしょう。

特別背任罪の成否
 勾留延長を却下された検察側は、直後、ゴーン氏を特別背任罪で逮捕しました。その後、この罪での勾留も認められたため、身柄拘束は年を超えることとなりました。
 検察によると、ゴーン氏は、リーマンショックによって発生した自らの損失を日産に付け替えて、日産に損失を与えたというのです。これに対して、ゴーン氏側は、一旦は付け替えたが、後に元に戻したので、日産に損害を与えていないと主張しているようです。
 特別背任罪は、取締役等の会社役員に任務に違背する行為があって、本人に損害を与えることによって成立する罪です。損害が発生しているかどうかは、この罪の成立の要です。この要の点で争いがあるわけで、最終的に債務の付け替えがあったかという点の問題ですが、この点は事実問題であるとともに、法律問題でもあります。なお事実が明確でない点があるので、もう少し時間をおいて、再度取り上げることにしましょう。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。