【村井敏邦の刑事事件・裁判考(77)】
児童虐待事件の問題性
 
2018年5月31日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
 しばらく前に、娘をマンションの窓から投げ落とした母親の事件を扱いました(2016年4月28日)。その際に、ドストエフスキーが報告している同種の事件にも言及しました。ドストエフスキーの報告事件では、母親の「妊娠中の激情」という特殊な精神作用の結果ではないかという議論が紹介されていました。
 児童虐待で問題になる事件は、現在でも多数あります。児童虐待での相談件数も、年々上昇しているようです。
 犯罪白書によりますと、実父母による虐待が圧倒的に多いようですが、性的虐待となると、養父・継父によるものが多くなります。養父・継父による性的虐待が多いことは欧米においても同様な状況です。
 虐待全体としては、実父によるケースが多いのですが、これは、暴行や傷害という暴力的虐待が圧倒的です。これに対して、虐待死は実母によるものの数が実父によるものよりも多くなります。
 実は、この傾向は昔から変わりません。昔からいわゆる嬰児殺は母親によるものが圧倒的多数でした。問題はここにあります。

なぜ母親による虐待死が多いのか
 妊娠、出産という行為は、もっぱら女性によります。男性も協力することはあっても、主体としてその行為を行うことはできません。妊娠、出産は女性にとっては肉体的・精神的に大きな負担です。
 ドストエフスキーが報告しているロシアの事件の母親は、妊娠による精神的負担の結果、激情行動に駆られたと分析されています。
 日本でも、妊娠うつ、あるいはマタニティー・ブルーということが問題になっています。さらには、出産後の産後うつもあります。これらのうつ症状は、女性ホルモンの異常という肉体的な原因が大きく作用しているようです。
 しかし、それだけではなく、妊娠、出産のみならず、育児の主たる担い手が母親であるという社会的な要因も大きいと指摘されています。
 私の若いころとは違い、最近は、育児をする父親も増えてきました。「育メン」という言葉がごく普通に聞かれるようになりました。しかし、このような言葉で表されるということが、また、その現象の少数性を示していると言えましょう。
 育児の負担が母親に重くのしかかっているという社会的現実、これが母親による虐待死の多い理由の第一です。

典型的な事例
 少し古い事例ですが、次の2事例は母親による虐待死として典型的といっていいでしょう。
 第一の事例は、私が司法修習生の時に遭遇した事例です。
 夫は会社員で、妻がもっぱら家事と育児を担当していました。ある日、夕食の支度をしている時に、1歳のむすこがあまりに泣き止まないので、いらいらした彼女は、泣いている子の顔の上に布団をかぶせました。食事の支度が一段落して、子にかぶせた布団をはいで見ると、子はぐったりとしています。急いで抱き上げましたが、すでに息が止まっています。母親は呆然として、その子を抱いて外に出、ふらふらと近くの堤防の上を歩いているところを発見されました。
 第二の事例は、紙おむつがまだ高いときのものです。
 やはり会社員と主婦の父母に、姑がいて、1歳児の育児はもっぱら主婦である妻がしていました。夫は金銭に厳しく余計な出費はするなと妻に言い渡していました。家事に関する出費は姑が握っていて、育児に係る費用も妻は姑に言って出してもらうことになっていました。
 ある日、おむつがなくなり、姑にそのことを言っておむつ代を出してもらおうとしましたが、どうしてなくなったのかと厳しく追及され、あげくの果ては、「あんたが何とかしなさい」といわれてしまいます。
 途方に暮れた妻は、「この子さえいなければ」ととっさに思い、子の首を締めました。子が手の中でぐったりとした途端、大変なことをしてしまったと思い、何とか息を吹き返してと手を尽くしますが、助かりません。妻は、死んだ子をおぶって、ふらふらと外を歩いているところを発見されました。
 これらの事件では、責任を追及されたのは母親だけです。それでいいのでしょうか。

ある日の佐賀新聞の記事
 最近、佐賀新聞Liveというweb新聞で、次のような記者の意見を見ました。
「幼児虐待の事件が起きると、母親に多くの批判が上がる。そのたびに思う。それでは父親はどうしていたのだろうと。手にかけた母親は確かに悪い。だが、この種の事件では、周囲の人の姿が見えてこない◆むろん、身勝手な母親はいるだろう。一方で、独りで子育てに悩んでいる人がいる。子どもにどう対処していいか、相談しようにも相手がいない。育児に追われ、自分の時間がまったくない。母親というものは気分転換をしてはいけないのだろうか◆肝心の夫は仕事で不在。任せっぱなしはなかったろうか。もしかして育児なんか、仕事と比べればたいしたことではないと? 母親なんだから自分で考えろと? 誰も分かってくれない。イライラが募る。一生懸命頑張っているのに◆母親による虐待は、こんな時に起こるのではないか。佐賀地裁での「長男暴行死」の裁判員裁判記事を読んで、そんな思いを強くした。裁判員からは「生活状況を聞いて、どのお母さんでもあり得ると思った」「被告もぎりぎりの状態。もっとくみ取ってあげていれば」という意見も◆虐待と聞いて「ひどい母親だ」と非難するだけで終わっていないだろうか。核家族化が進み、近所付き合いも少ない。地域や人との関係が希薄な時代。育児で孤立化する母親の不安に、もっと目を向ける社会でありたい。」
 私もこの記者の意見に賛成です。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。