【村井敏邦の刑事事件・裁判考(67)】
テロ等準備罪への疑問
 
2017年4月25日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)

 2016年9月26日の本欄で、共謀罪法がテロ等準備罪法と名前を変えて提案されそうだということを書きました。その後、政府は、本年2017年3月21日、テロ等準備罪を含む組織的犯罪処罰法改正法案を閣議決定し、即日、衆議院に提出しました。
 テロ等準備罪という名前が変わっていますが、本質は、これまでと共謀罪と変わりはありません。この罪の創設については、数々の疑問点があるのですが、今回は、その疑問点のうち、基本的なものについて考えていきたいと思います。

日本法における共謀罪の原初形態

 個別法には、すでに共謀罪という罪がいくつか規定されています。その中でも、日本法における共謀罪の原初形態というべきものは、明治17年(1884)太政官布告第32号として制定された爆発物取締罰則です。
 この法律は、イギリスの1883年爆発物法(Explosive Substance Act 1883)を元にしてできました。このイギリスの法律では、「人の生命に危険をもたらし、または、財産に重大な損傷を与えるおそれのある爆発を引き起こす爆発物を使用することを共謀した者は、実際に、爆発が生じるいかんにかかわらず、終身刑に処せられる。」とされていました。この規定を含めて、日本の爆発物取締罰則(「爆取」と略称する)に引き継がれています。
 イギリスの上記法律も、日本の爆取も政府に対する批判勢力が台頭したことへの対処策として制定されたことは、銘記されるべきです。特に、爆取は、自由民権運動による政府批判に対処するために、新聞紙条例や出版条例などの言論弾圧法とあわせて制定されたものです。
 法律そのものが政府批判の行動に対処するために設けられたとともに、中でも、共謀罪は、政府を批判する言論・表現を制圧するためのものとして規定されたのです。

日本におけるコンスピラシーCONSPIRACYの登場とその問題

 明治初期に早くも共謀罪は規定されているのですが、この段階では、この罪についてあまり意識して論じられていません。英米のコンスピラシーが、日本人にとって身近に問題となったのは、第二次世界大戦終了後の戦争犯罪人を裁く東京裁判においてです。
 東京裁判の第一の訴因は、侵略戦争を遂行することのコンスピラシーです。実行行為の前のコンスピラシーだけではなく、戦争を遂行する行為自体も訴因としてあげられていました。しかし、裁判では、戦争を遂行した行為よりも、これを遂行すべく謀議を凝らしたという方が重大であるという認識が示されました。
 裁判では、(1)共謀と遂行とを同時に処罰することが可能であるか、(2)共謀と計画・準備との区別が問題になりました。多数意見は、共謀と計画・準備の区別は可能で、共謀・計画・準備・遂行のそれぞれを処罰できるというものでしたが、少数意見は、区別が困難であり、遂行があれば遂行罪一罪で処罰されるべきであるというものでした。
 なお、東京裁判で用いられたコンスピラシーという罪は、あいまいであり、概念があまりに広すぎるという批判も行われました。この点については、N.ボイスター、R・クライヤー『東京裁判を再評価する』(訳・粟屋憲太郎ほか・日本評論社・2012)に詳しく論じられているので、関心のある方は、この本を参照してください。
 東京裁判における共謀罪は、戦争犯罪人の処罰という特殊な場面で問題になりました。一般犯罪において、日本人がかかわってこの罪が問題になったのは、いわゆるロス疑惑事件においてです。
 この事件では、被告人も被害者も日本人ですが、被害者が殺害されたのが、米国・ロサンゼルスでした。被告人は日本の裁判所において殺人罪で起訴され、裁判を受けたのですが、無罪の判決が確定していました。ところが、その数年後、この人がアメリカで殺人のコンスピラシーで起訴されました。一度殺人罪で起訴され、無罪になった人を殺人のコンスピラシーで裁判することは、アメリカ憲法が禁止する二重の危険にあたるのではないかということが、この裁判の最大の争点になると思われたのですが、被告人が死亡したために、この点の議論は煮詰められないまま、終了しました。

上記二つの事件から生じる疑問

(1)共謀と計画・準備との関係
 上記二つの事件を参考にして、現在提案の「テロ等準備罪」についての疑問を指摘してみましょう。
 第一が、共謀と計画・準備との関係です。現在提案の[テロ等準備罪]は、組織的犯罪集団の活動として、法案に規定された犯罪の遂行を「計画」した者が、その計画をした者のだれかが、犯罪の実行のための「準備行為」をした場合に、処罰するとされています。
 この罪の構成要件上の行為は、「計画」です。その計画を実行するための「準備行為」は、それがあってはじめて処罰するという処罰条件です。犯罪は、「計画」によって成立します。 
 政府は、「計画」はこれまでの「共謀」とは異なると主張しています。しかし、政府が今回の法案の目的としている第一のことは、越境的組織犯罪条約批准のためです。この条約は共謀罪か参加罪かの規定を設けることを加盟国に要求しています。政府が言うように、今回の法案にある「計画」罪が共謀罪とは異なるということになると、イ・越境的組織犯罪条約の要請には合致しないが、それで批准の条件を充たすことになるのでしょうか。また、ロ・計画罪と共謀罪が同一でないならば、上記条約上の共謀罪を設けている他国による訴追と日本による計画罪による訴追とは二重起訴にならないことになるのでしょうか。あるいは、ハ・東京裁判では、「計画」と「準備」とは区別できるのか否かが問題になりましたが、法案の罪では、区別ができるでしょうか。そもそもが、「計画」とはどういうことなのか、「準備行為」とはどういうことなのか、一応の例示はありますが、あくまでも例示であって、計画についても準備行為についても、定義がないので、あまりにも漠然としています。

(2)計画罪と実行行為との関係
 これまで、政府は、実質犯罪の実行があれば、共謀罪は実質犯罪に吸収されると言ってきましたが、計画罪が共謀罪とは異なるということなると、従来の主張も反故になり、二重処罰の可能性があるのでしょうか。

(3)共謀共同正犯との関係
 共謀共同正犯の理論は、判例上創設されたもので、共謀罪とはまったく違う系譜をもっています。ただし、実行行為を行っていない者を処罰する理論であるという点において、共謀罪と同様の実務上の意義を与えられています。
上記(2)と同様の疑問ですが、計画の実行によって、計画罪は共謀共同正犯に吸収されるのか、共謀罪ならば、共謀共同正犯に吸収されるという筋は抵抗なく認められるでしょうが、計画罪についても同様の論理が通用するのか、なんとも不確かです。

 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。