【村井敏邦の刑事事件・裁判考(64)】
家裁と地裁のキャッチボール
 
2017年1月27日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)

「地裁と家裁のはざまに1年半 死亡事故の少年、処分まだ」

 朝日新聞1月23日号に、「地裁と家裁のはざまに1年半 死亡事故の少年、処分まだ」というタイトルで、以下のような記事が出ていました。

 「未熟運転で死亡事故を起こしたとして起訴された少年(17)の2度目の裁判員裁判が大阪地裁で結審し、大阪地検は再び懲役4年以上8年以下の不定期刑を求刑した。少年の処遇をめぐっては、地裁と家裁で判断が分かれたため裁判が長期化し、発生から約1年半経過している。刑罰を科すか、保護処分相当として家裁へ戻すのか。判断は24日に出る。」

 事件は、2015年8月、兵庫県尼崎市内の市道で、17歳の少年が知人のワゴン車を運転中、自転車の男性(当時80歳)に衝突して死なせた後、逃走したということで、自動車運転死傷処罰法の危険運転致死罪(未熟運転)などに問われたというものです。
 この事件について、大阪家裁は15年9月に刑事処分相当と決定し、大阪地検が大阪地裁に少年を起訴しました。ところが、昨年8月の裁判員裁判では「少年の動機は反社会性が強くない」とされ、保護処分が相当として、大阪地裁は、事件を家裁へ移送する決定をしました。いわゆる「55条移送」という措置です。

55条移送と逆送
 少年法55条には、「裁判所は、事実審理の結果、少年の被告人を保護処分に付するのが相当であると認めるときは、決定をもつて、事件を家庭裁判所に移送しなければならない。」と規定されています。大阪地裁は、この規定を適用して、事件を家庭裁判所に移送したのです。
 最初の大阪家裁の判断は、いわゆる「逆送」というものです。少年が起こした事件は、まず、家庭裁判所で審理され、保護処分にするかどうかが判断されます。家庭裁判所が保護処分ではなく刑事処分が相当であると判断した場合には、例外的に、事件を検察官に戻します。これが「逆送」です。
 少年法20条は、「逆送」について、次のように規定しています。
「1 家庭裁判所は、死刑、懲役又は禁錮に当たる罪の事件について、調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもつて、これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない。
2  前項の規定にかかわらず、家庭裁判所は、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であつて、その罪を犯すとき十六歳以上の少年に係るものについては、同項の決定をしなければならない。ただし、調査の結果、犯行の動機及び態様、犯行後の情況、少年の性格、年齢、行状及び環境その他の事情を考慮し、刑事処分以外の措置を相当と認めるときは、この限りでない。」
 第1項が、基本的な「逆送」の規定です。原則的には保護処分を考えるべきだが、事件の性格や少年の情状によって、保護処分よりも刑事処分が相当と認めた場合には、例外措置として、検察官に送る決定をするとしています。
 第2項は、2000年改正で追加された規定です。「原則逆送」といわれており、「故意の犯罪行為で被害者を死亡させた罪」を犯した少年が「16歳以上」であった場合には、「逆送」決定をしなければならないとしています。
事件を受け取った検察官は、地方裁判所へ起訴するかどうかを判断して、起訴相当という判断した場合には、少年を成人と同様に、地方裁判所へ起訴します。

危険運転致死罪と逆送
 危険運転致死罪は、傷害致死罪と同様の扱いを受ける罪と考えられています。危険運転行為は故意ですが、危険運転罪という罪があるわけではありません。そうすると、故意による犯罪行為によって被害者の死亡が生じたとするには、少々無理があります。しかし、運用上は、原則逆送にあたる罪とされています。筆者には、大変疑問なところです。
 この事件については、家裁は、原則逆送事件として検察官への逆送という処分を下しました。しかし、原則逆送事件であっても、保護処分が妥当なものを逆送することはできないはずです。
 ところが、55条移送を受けた後の審判でも、地裁の判断に従うことができないとして、再び逆送しました。
 55条移送は、裁判員裁判の結果としての決定です。また、通常の裁判においても、弁護人が55条移送を主張しても、裁判所が認めることの少ない決定です。
 それほどの決定ですから、家裁は地裁の判断に従って審判するのが通常です。この事件における家裁の2度目の逆送は、異例中の異例です。

2度目の裁判員裁判でも家裁への移送
 1月24日、地裁の裁判員裁判は、この事件について再び家裁への55条移送を決定しました。
 決定では、少年について、「身勝手で安易な動機。取り返しのつかない結果を生んだ」と非難し。さらに過去の非行歴にも触れて、「責任を軽視することはできない」と述べています。
 しかし、一方で、「事故は運転中に冷静な判断・操作ができなくなって発生したもので、故意の犯罪行為で人を死なせた罪のなかでは反社会性は強くない」と指摘し、少年が事件の重大性を認識し不十分ながらも遺族に謝罪していること、家裁が2度にわたって検察官送致したことで裁判が長引き、少年の負担が過大になっていることなどといった点を考慮して、「仮退院まで4年程度の矯正教育を施す保護処分が妥当」と結論づけました。

3度目の家裁の判断は?
 家裁が3度逆送と判断することを阻止する規定はありません。キャッチボールが繰り返されても、これをとどめる規定はないのです。
 しかし、逆送という処分が少年事件にとっては例外であること、裁判員裁判による55条移送というのも、きわめてまれなことであること、少年事件については、少年への影響を考慮して、できるだけ迅速に処分を決める必要があることなどを考慮すると、このようなキャッチボールが続くことは、あってはならないことです。
 このような事態が生じないように、立法措置が必要ですが、少年法の精神からするならば、家裁は55条移送を受けた事件については、それを尊重して保護処分を選択すべきだったと思われます。まして、これ以上、逆送を重ねるべきではないでしょう。

 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。