【村井敏邦の刑事事件・裁判考(61)】
共謀罪について
 
2016年9月26日
村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)

共謀罪法いよいよ提出か
 政府は、これまで3度国会提出し、いずれも廃案になった共謀罪法案を、「テロ組織準備罪法」と名称を変えて、次の通常国会には提出する予定のようです。名称が変わることで、内容も変わるのでしょうか。これまで指摘されてきた問題点は解消されているのでしょうか。
 まず、共謀罪とは何か、どこに問題があるのかを考えてみましょう。

共謀罪とは何か
 共謀罪のもととなる罪は、イギリスに源をもち、アメリカで発展した「コンスピラシー(conspiracy)」というものです。もともとは、反対政党やメディアの政権政党に対する批判や労働者の賃上げの動きを未然に抑えるために適用された罪です。それが、今では一般犯罪にも拡大されて適用されています。
 日本人になじみのあるコンスピラシーの適用例は、ロス疑惑事件といわれる、三浦和義氏に対して適用された妻殺害のコンスピラシーです。
 コンスピラシーの定義は、BlackのLaw Dictionaryでは、「二人以上の者が違法な行為をすることの合意(Agreement by two or more persons to commit an unlawful act)」とされています。基本的な要素は、二人以上の者の「合意」です。
 違法行為を犯すことを二人以上の者が合意するだけで、実際に違法行為が行われなくても処罰するという罪ですから、内心を処罰することになり、行為があって初めて犯罪として処罰できるという刑法が原則としている「行為主義」に反するという点が、この罪の基本的な問題点です。
 アメリカでは、単なる合意だけではなく、この合意を示す何らかの外形的行為(overt act)を要求する法制が一般的です。上に例として出した殺人のコンスピラシーでの三浦氏に対する起訴状にも、「被害者を殺そうとして共犯者と合意した」という基本的な犯罪事実のほかに、被害者に保険金をかけたなどの行為がovert actとして書かれています。
 しかし、このovert actは、合意の存在を示す証拠であって、これが必要だとしても、実行行為を必要とする行為主義原則をクリアすることにならないと、批判されています。
 また、行為の前の準備行為だけでなく、先の三浦事件の場合には、被害者死亡後の保険金請求・受領行為も、overt actとして掲げられています。
 さらに、コンスピラシーは、合意された犯罪が実際には行われなかった場合にも、処罰されますし、また、犯罪が実行された場合には、その犯罪に吸収されるのではなく、別個独立に処罰されます。

日本の共謀罪法案における共謀罪
 実は、すでに実施されている法律にも、共謀罪が規定されているものがあります。最近の例としては、特定秘密保護法が共謀罪規定をもっています。この共謀罪については、刑法に規定されている「陰謀」と同じだと説明されています。
 このような個別法における共謀罪と、提案されようとしている共謀罪法案における共謀罪とは、どのような違いがあるのでしょうか。
 個別法における共謀罪は、特定の罪について限定されて適用される罪です。ところが、共謀罪法案における罪は、一定の法定刑以上の罪に一律に適用されるものとなっています。
 この点を含めて、日本における共謀罪法案における共謀罪の問題点を具体的に検討してみましょう。最後に廃案となった2005年提出の法案とこれから提出されようとしている法案とを比較してみてみましょう。

2005年第163回特別国会に提出された法案
 2005年の特別国会に提出された政府案には、「組織的な犯罪の共謀」と題する次のような規定がありました。
 「第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に 処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
 一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
 二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
 2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も、前項と同様とする。」

 犯罪の合意だけで処罰されるということに対しては、憲法が保障する良心の自由を侵害するものだとの批判が強いため、「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われる」という要件を付け加えています。しかし、共謀が複数の人間によって行われる以上、共謀という行為自体に当然に含まれていて、特別の制限要件とはなりえません。
 また、長期4年以上の罪に限定したと提案者は説明しましたが、長期4年以上の罪は多数あります。万引き、ひったくり、けんかの結果の傷害などの罪も含まれます。政治家の行為では、収賄や政治資金規正法違反も共謀罪の対象になります。
 特定の重大な罪の場合であっても、実行行為があり、それが既遂を待って処罰されるのが、刑法の本来の姿です。未遂自体が例外であり、特定の罪にしか設けられていません。まして、実行行為がないのに処罰する予備罪は、例外中のさらに例外です。余ほど重要な罪でなければ、予備罪は設けられていません。共謀罪法案では、4年以上の罪について一律に共謀罪を設けるわけですから、刑法の原則からあまりにもかけ離れています。
 さらに、犯罪実行前に共謀した者のひとりが自首して出れば、刑が軽くなるという規定もあります。これは、共犯者に対して密告を奨励するものです。犯罪の実行を未然に防止するための措置ということですが、この密告の奨励は、おとり捜査やスパイ(情報提供者)の活用とも併用され、デュープロセスの観点から疑問となるケースが生まれます。

2006年4月21日政府修正案
 2006年4月21日、政府・与党は、2点について次のような修正を加えた案を国会に提出しました。
 @「団体の活動」に次のようなカッコ書きを加える。「その共同の目的がこれらの罪又は別表第一に掲げる罪を実行することにある団体に係るものに限る。」
 A「その共謀をした者のいずれかによりその共謀に係る犯罪の実行に資する行為が行われた場合において」のみ、処罰することにする。

 まず@の修正によって、暴力団や窃盗団のように、明確に犯罪組織だけをターゲットにしており、政党や労働組合などの別な目的を持った組織をターゲットから除外することになるというのが、政府の説明でした。
 しかし、このカッコ書きによっても、犯罪をする目的で設立された団体に限定されているわけではないので、適法な目的をもって設立された会社等が、活動の過程で犯罪となる行為を行うに至った場合には、なお、ここに規定される団体に当たると解釈するのが、裁判実務です。
 次に、Aの修正点は、共謀の確認的外部行為を要求するという点で、英米における共謀罪の要件である「オヴァート・アクト(overt act)」を取り込んだものです。これを要求することによって、共謀が外部的に明らかになったことを要することになり、共謀の内容が多少は明確になります。しかし、英米においても問題となっているように、「犯罪の実行に資する行為」の範囲は広く、犯罪の実行の準備行為に限定されず、もちろん、予備的行為でなくてもよいのです。必ずしも違法な行為に限定されないので、たとえば、共謀をしたとされる者の誰かが作成したメモなどがあれば、それが共謀を徴表する外部的な行為とされます。共謀を立証するためには、共謀を示す証拠を提示する必要があります。「共謀にかかる犯罪の実行に資する行為がある場合」というのは、共謀の事実を立証するための証拠が必要だという当然の理を掲げたに過ぎません。その意味で、共謀を限定する機能は何らもちません。

2006年5月19日の再修正案
 2006年5月19日には、「団体の活動」を「組織的な犯罪集団の活動(組織的な犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が死刑若しくは無期若しくは長期五年以上の懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪又は別表第一(第一号を除く。)に掲げる罪を実行することにある団体をいう。)の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該組織的な犯罪集団に帰属するものをいう。)」とする修正案が提出されました。
 これによって、規制の対象が「組織的な犯罪集団の活動」に限定されたかのようです。しかし、これでも、犯罪集団として設立された組織に限定されたわけではありません。その点で現在の組織犯罪対策三法のような運用の下では、この要件も限定的に働きません。

提出が予定されている法案
 提出が予定されている法案は、2005年提出の政府案から
 @名称を「テロ等組織犯罪準備罪」と変更し、
 A「団体」を「組織的犯罪集団(目的が4年以上の懲役・禁固に当たる罪を実行することにある団体)とし、
 B「団体の活動」を「組織的犯罪集団の活動」とし、
 C「共謀する」を「具体的・現実的な計画を立て」「実行の準備行為を行う」とする
というもののようです。

 名称の変更については、内容が変わるのでなければ意味がありません。内容的には、「テロ等」に限定されているわけではないのに、このような名称にするのは、国民の目をごまかすもので、かえって問題です。
 他の要件の追加や変更は、2006年に廃案になった再修正案とほぼ同じです。違うのは、必要とされる準備行為が「具体的・現実的に計画された」ものとされていること、共謀に代えて「準備」にされていることです。
 準備罪として明確化したようですが、準備行為は予備罪に当たる程度でなくてもよいとされているので、予備罪の一般化以上に行為主義の原則から遠ざかっています。
 以上のように、提出されようとしている法案は、従来のものに比べて、問題点を一層抱えているものと言わざるを得ません。

 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。