【村井敏邦の刑事事件・裁判考(39)】
捜査官による証拠隠滅事件
 
2014年9月15日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)
冤罪を作り出す証拠ねつ造

 証拠ねつ造事件として、社会の人々の耳目を集めた最近の事件には、元厚労省局長村木さんの事件があります。この事件は、障害者の郵便制度の不正利用があったということで問題になり、これに当時厚労省の局長であった村木厚子さんが関与していると捜査対象となったものです。その捜査の過程で、村木さんの供述調書のもととなったフロッピーデスクの内容を取調べ検事が改ざんしたことが発見されました。
 事件自体は古いですが、袴田事件の再審請求審では、裁判所が捜査側の証拠のねつ造の可能性を指摘して再審開始を決定しました。事件から1年余りも経ってみそ樽から発見されたとされる着衣を捜査側は犯人が隠したもので、袴田さんの着衣だと主張し、確定判決ではそれが認められていました。ところが、今回の再審請求において、そこから採取されたDNAが袴田さんものと違い、また、検察官が着衣に記されていた記号のBは着衣のサイズだとしていたが、証拠開示によって、これが着衣の色を示すものだということが当時の証拠によっても明らかにされていたことがわかりました。こうしたことから、裁判所は、捜査側の証拠のねつ造の可能性を指摘したのです。
 このように、捜査側は時として証拠をねつ造してでも有罪判決を得ようとすることがあります。本来、このような証拠のねつ造は決して許されることではありません。袴田事件において、袴田さんの再審開始決定があるまで、大変な年月が費やされ、しかもまだ再審開始にまで至っていません。死刑囚としての長期間の拘束のために、袴田さんは心身ともに故障をきたし、回復まで容易ではない状態です。
 村木厚子さんは、幸いにも1審の審理の段階で証拠のねつ造が発見され、有罪判決を免れました。有罪にはならなかったから、村木さんは「冤罪」の被害者ではないと法務省は主張していますが、逮捕勾留され、不自由な施設生活を余儀なくさせられていました。しかも、場合によっては、この罪で有罪となり、長期間自由を奪われるおそれさえあったのです。村木さんは「冤罪の被害者」であったと、国は認めるべきでしょう。
 今回は、最近の判例の中から、二つの証拠隠滅事件を取り上げて、捜査官の証拠ねつ造問題を考えてみることにします。

大阪の二つの証拠隠滅事件

 二つともに、大阪府警の事件です。そういえば、村木さんの証拠隠滅事件も大阪地検で起きました。大阪という地が何か関係あるのでしょうか。この点は別に分析を要します。

(1)堺警察署留置課事件
 第1の事件は、堺警察署留置課事件です。今年(平成26年)7月9日に大阪地裁で判決のあった事件です。事件の概要な次のようなことです。

 大阪府警堺警察署の留置管理課勤務のB警察官が留置中の者を保護室に収容しようとして、その者から殴られるなどするという事件が発生しました。同署の留置管理課留置管理第二係長として勤務していたXは、この事件(公務執行妨害、傷害事件)の捜査を担当した警察官らと共謀の上、取調官が供述調書を作成していたパソコンをX自ら操作して作成中の供述調書の内容を改ざんして内容虚偽の供述調書2通を作成しました。この供述調書は、事件の証拠として検察庁に送致されました。これが証拠隠滅に当たるとして、Xが起訴され、大阪地裁は有罪と認めたうえで、Xに対して、懲役1年6月執行猶予3年を言渡しました。
 この事件で改ざんされたのは、被疑者の供述調書ではなく、被疑者から殴られたB警察官の供述調書で、内容は、被疑者を保護室に収容することについて上司の指示によらないで、B警察官の独断でしたのが事実であるのに、XはB警察官が上司の指示を得て保護室に収容しようとしたということで、供述調書の内容を書き換えたのです。
 弁護人は、公務執行妨害罪という事件にかかわることでの供述調書の内容改ざんではないので、罪は軽いと主張しましたが、裁判所は、供述調書の内容を改ざんすることは、その虚偽内容如何にかかわらず、供述の信用性判断を誤らせ、刑事司法作用を阻害するおそれが高く、強く非難されるべき犯行で、被告人の責任は軽いものではないとしました。
 しかし、その一方で、すでに退職して一定の社会的制裁を受けていることを考慮して、執行猶予を言い渡しました。

(2)阿倍野警察署交通課

 第2の事件は、阿倍野警察署交通課の事件です。事件は、大阪府阿倍野警察署交通課交通捜査係所属の警察官Yが現職警察官として行った事件と、退職後、この事件を糊塗するために行った事件の二つの事件によって構成されています。
 まず第1の事件は、阿倍野警察署交通課交通捜査係所属の警察官として,道路交通法違反事件等の捜査に従事していたYが,平成23年12月20日に発生したBを被疑者とする自動車運転過失傷害,道路交通法違反事件(ひき逃げ事件)に関し,平成24年1月1日,被害者Cから被害状況を聴取し,同人が供述者として,被告人が作成者として各署名した供述調書を作成しました。ところが,この事件については,犯人性に関する証拠が乏しいことから,Yは、作成した供述調書に犯人がBであると認められる記載を追加しようと考え,平成24年3月21日頃,同警察署交通課交通捜査係執務室において,Cが加害車両の運転席から降りてきた人物も同車両の登録ナンバーも見ていないのに,あたかもこれを見たかのような供述を付け加え、これを被害者からの供述調書として綴り、さらに,同供述調書作成後にCを立ち会わせて実施した実況見分における同人の指示説明を書き加えるなど、前記自動車運転過失傷害,道路交通法違反事件に関する証拠を変造しました。
 さらに、警察官退職後の平成24年10月23日,前記ひき逃げ事件の捜査を引き継いだ同警察署交通課交通捜査係長Eに呼び出され,前記第1記載のとおり変造した供述調書につき,その内容に整合性がないのではないかと指摘され,実況見分の実施日や実況見分調書の作成日を同供述調書の作成日より前に遡らせてつじつまを合わせようと考え,平成24年10月23日,同警察署交通課当直室において,前記Cを立会人とする実況見分を実施したのが平成24年1月12日であり,その実況見分調書は平成24年1月17日付けで作成していたにもかかわらず,実況見分の実施日を「平成23年12月26日」,実況見分調書の作成日を「平成23年12月27日」とそれぞれ虚偽の記載をした上,作成者欄に「大阪府阿倍野警察署司法警察員巡査部長A」と署名してその横に「A」と刻した印鑑を押印し,これをそれまでの実況見分調書の1枚目と差し替えて綴じるなどして,大阪府阿倍野警察署司法警察員巡査部長A名義の実況見分調書1通を偽造した上,平成24年10月23日,同室において,これを前記Eに提出しました。
 大阪地裁は、第一の事実に対しては「事件の犯人を特定するに当たり重要な情報を改ざんした悪質性の高い行為である。」とし、また、第2の事実についても、「第1の犯行を正直に打ち明ける機会があったにもかかわらず,改ざんした供述調書の内容に合わせるべく,実況見分調書の改ざんに及んだものであって,強い非難に値する。」としました。
 しかし、他方で、捜査を誤らせる結果につながったわけではなく、反省のしており、42年間真面目に務めてきたなどの事情を汲んで、執行猶予としています。

裁判所の態度は是か

 一方で刑事司法制度を誤らせる重要な犯罪としながら、他方で、結果として捜査を誤らせることはなかったとか、反省しているとか勤務態度が良かったなどの事情を汲んで、執行猶予としているのは、いささか警察官に甘い判断ではないかという気がします。堺署の事件は、事件の内容にかかわることではないので、その点を汲むのはよいとしても、後者は、まさに事件の核心の部分にかかわる供述の補強ですから、到底許されることではありません。たまたま、ねつ造が発見されたから冤罪被害にはならなかったというだけです。このような証拠改ざんが容易に行われる、あるいは安易に改ざんしてつじつまを合わせようという捜査機関の体質が、大変な人権侵害を犯すことになります。量刑においても、厳しくあるべきでしょう。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。