【村井敏邦の刑事事件・裁判考(38)】
韓国大法院訪問
 
2014年8月4日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)
大法院の裁判官の数

 前回紹介した韓国の国民参与裁判傍聴の前に、韓国大法院を訪問しました。私は、大法院訪問は、今回で2回目ですが、今回ほどいろいろなことを知り、考えさせられたことはありません。そこで、前回に続いて、韓国の裁判制度の紹介もかねて、大法院訪問記を書いてみます。
大法院というのは、現在の日本で言うならば、最高裁判所です。日本と同様に、韓国も三審制です。大法院をトップとして、その下に高等法院があり、第1審が地方法院です。
 大法院は、大法院長を含む14名の裁判官(法官)によって構成されています。ただし、14名のうちの一人は、司法行政長官ですので、この人は大法廷の審理には関与しないようです。大法廷での審理は現在する大法院の裁判官の3分の2以上で構成された裁判体によって行われます。最大限13名から最小限9名の裁判官によって審理されることになります。小法廷での審理は4名の裁判官で行われます。日本では、小法廷は3名か5名の奇数の裁判官、大法廷は15名のやはり奇数の裁判官で審理され、多数決で判断が示されます。多数決で判断を示すには、奇数でないといけないように思います。
 ところが、韓国の大法院では、大法廷はともかく、小法廷は偶数です。大法廷でも、必ずしも、奇数で構成されるということではないようです。大法廷では、多数決で決定するということですので、当然のこととして、「裁判官の意見が同数で分かれた場合はどう判断するのか」という疑問がわいてきます。また、小法廷では、多数決ではなく、全会一致で決定するということです。ここでも、「全会一致に達しなかったらどうするのか」という疑問がわきます。答は、小法廷では、事件を大法廷にあげ、大法廷で同数となった場合には、下級審の判断を覆すことはできないとしているとのことです。

感動の大法院大法廷

 このような大法院における判断形式の違いよりも、大法院の正面玄関を入ると、正面に大法廷があり、その大法廷の入り口の前には、大きな大理石が置かれていることに驚かされます。しかも、この大理石には何も書いてありません。
 (質問)この大理石は何のためにあるのですか。
 (答)これは、南北朝鮮が統一された時には、そのことを記念した一文を書き込むためにあります。
 南北統一を見越して、大法院は建築されているということです。そのことは、もう一つ、大法廷の裁判官席にも示されていました。そこには、大法廷を構成する裁判官の最大数13のほかに、左右に一定数の空席がありました。この空席は、南北朝鮮の統一後に埋められることになるだろうというのです。
 日本にいると、朝鮮半島の南北でにらみ合っているとだけ見がちですが、その実は、南北統一が単なる夢ではなく、近い将来に実現することであるとの思いで、制度設計が行われていることを、知らされ、一同、一種の感動を覚えました。

「街人」=「生涯一市民」

 大法院の正面玄関を入ってすぐ左に、胸像が具えられています。キム・ビョンロ初代大法院長の胸像です。この人は、日本占領時代に反日運動で弾圧された多くの人を弁護した弁護士として活躍し、戦後に初代の大法院長に任命されました。「生涯一市民」という意味の「街人」を号として、現在まで、韓国の人々に最も尊敬されている法律家だそうです。

チマチョゴリを着た正義の女神

 この胸像から目を正面の大法廷の方に転じると、先ほど紹介した大理石の上方、大法廷の入り口ドアの上に張り出したところに、正義の女神像が立っています。日本の最高裁判所の大ホールにも、正義の女神像が立っています。日本の最高裁の女神は、ギリシャ神話に出てくるテミスをモデルにして、右手に剣、左手に秤をもっています。ヨーロッパの女神像は、目隠ししているものが多いですが、日本の裁判所の女神像は目隠しをしていません。
 韓国の大法院の女神像は、目隠しをしていない点で最高裁の女神像と同じです。しかし、そのほかでは、大きく違っています。基本的には、この女神は、ギリシャ神話の女神ではなく、チマチョゴリを着た、顔も韓国の女性です。しかも、剣をもっていません。右手に持っている秤は同じ天秤ですが、左手には、剣の代わりに法典を抱えています。
 法の女神としては、韓国の女神の方がずっとふさわしくないでしょうか。剣をもって邪を払うというのは、峻厳さを表しているのでしょうが、法の支配であって力の支配ではないことを示す上からは、法典を抱える女神の方がずっと優っています。
 ヨーロッパのテミス像への違和感は、剣を持っていることと併せて、目隠しをしていることです。事実をしっかり見て、法に従って衡平な判断をするのを象徴するには、目をしっかりと見開き、法典を持った韓国の女神像は、最もふさわしいと感じ入りました。
 ヨーロッパ人ではなく、チマチョゴリという韓国の民族衣装を着た韓国女性が女神であるというのも、いいですね。日本でも、憲法9条の条文を示している日本女性の像を最高裁判所の建物の正面に立ててはどうでしょうか。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。