【村井敏邦の刑事事件・裁判考(37】
韓国の国民参与裁判を傍聴して
 
2014年7月7日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)
韓国司法訪問の旅

 先日、韓国の国民参与裁判をはじめて傍聴しました。一度は、傍聴したいと思いながら、なかなか機会に恵まれず、今回やっと実現したのです。
 韓国司法改革推進委員長として、この制度の生みの親となった韓勝憲弁護士のお骨折りによるものです。韓弁護士については、前にこの欄で取り上げました。現在の韓国司法界で韓弁護士を知らない人がいないといってよい、韓国司法界の第1人者です。その人の斡旋によるのですから、私たち一行が大変恵まれた視察ができたことはいうまでもありません。
 6月8日に日本を発って、その日はソウルのホテルに宿泊しゆっくりしたのですが、翌日の朝からは強行スケジュールがまっていました。

  1日目午前 大法院(日本の最高裁判所相当)における国民参与裁判を含む韓国刑事司法制度のレクチャー
  同日午後 ソウル市地方裁判所で国民参与裁判傍聴、その後、地裁判事との懇談会
  2日目午前 参与裁判制度など、司法・行政の動きを監視する民間組織、参与連帯訪問
  同日午後 金大中図書館
  3日目午前 日本占領期に作られ、戦後も、独裁政権の弾圧の場になった西大門刑務所見学
  午後 仁川空港から機上の人となり帰国
 この間、毎水曜日昼に、日本大使館前で行われている慰安婦問題での集会をも見てきました。私を含めて、70歳を超えるものが3人のいる旅としては、大変な強行軍でした。守屋さんと韓さんは同い年で80歳ということでしたが、このお二人がお元気なので、私のような「若いもの?」が音を上げるわけにはいかないという、これまた大変なことでした。
 前振りはこれくらいにして、韓国の国民参与裁判について書くことにします。

国民参与裁判制度について

 2008年から施行された制度です。日本の裁判員裁判施行の1年前です。司法改革推進委員会が司法改革の目玉として制度化したものです。裁判官と市民から選ばれた裁判員が一緒に裁判する日本の制度とは違って、韓国の制度は陪審員制です。陪審員の数は、5人、7人、9人の三段階があります。法定刑が死刑、無期懲役・禁固の事件の場合には9人、それ以外の事件は7人、被告人が自白している場合には5人でもよいとされています。対象事件は重大事件に限られていますが、2012年の改正によって、合議部の管轄事件すべてに拡大されました。
 被告人は、参与裁判にするか裁判官による裁判にするかを選ぶことができます。これは、日本の裁判員裁判制度とは違う点です。日本では、被告人に選択権を認めるべきだとの意見がありますが、韓国では、逆に、認めていることに対する反対意見もあるようです。
 被告人が参与裁判を選択しても、それによって直ちに参与裁判が開かれるわけではありません。共犯者の中に参与裁判を望まない者がいるとか、その他参与裁判で審理するのが適当でない場合には、裁判所の裁量で参与裁判に付さないという排除決定をすることができます。もっとも、この排除決定が裁判所のまったくの裁量ということになると、大変不公正なことになることおそれがあります。実際には、共犯者の意向が一致しないとか、証人が多数で事件が複雑であるなど、少数について排除決定が行われているようです。
 陪審員は、陪審員だけで評議をし結論を出すのですが、陪審員の判断は勧告の意味しかなく、拘束力を持ちません。この点は、英米の陪審員制とは違い、戦前の日本にあった制度と似ています。
 陪審員の判断に拘束力を持たせるべきであるという意見は強くあります。この点についての障害は、韓国の憲法が裁判官による裁判を保障していることにあります。この点も戦前の日本と同様です。

参与裁判を傍聴して

 6月8日午後2時から、ソウル地方裁判所で開かれた常習窃盗事件の参与裁判を傍聴しました。
 法廷の構造(別図参照)は、傍聴人席から見て正面が裁判官席です。これは日本と同様です。向って右に弁護人と被告人が並んで座ります。左が検察官席です。陪審員席は左にあります。しかし、検察官と弁護人ともに、意見や弁論は自分の席でするのではありません。別に前のほうに陪審員席に向ってしつらえてある席で、陪審員に向って陳述します。これは大きな改革点です。これまでは、日本と同じように、裁判官に向って話をするという形だったのが、陪審員に語りかけるという形に変わったのです。
 陪審員は9人でした。常習窃盗罪は、無期懲役刑が定められている特別法上の罪であるので、9人の陪審制が採用されたとのことでした。

裁判の進行

1 検察官の証拠説明
 まず、検察官から証拠説明が行われました。立会検察官は3人で、最初に説明を行ったのは女性検察官でした。何れも若く、後に聞くところによると、研修中の検察官だということでした。因みに、弁護人は1人で女性でした。検察官と裁判官は法服を着ています。これも戦前の日本と同じです。
 3つの事件が併合されており、事件ごとに、監視カメラで撮影された写真と供述調書、前科内容などが法廷の右壁にかかっているスクリーンに映し出されました。このスクリーンは最大限に活用され、検察官だけではなく、弁護人のプリゼンテーションもパワーポイントを使って行われました。また、裁判官の陪審員に対する説示にもパワーポイントが使われていました。すべて、陪審員に向って示されていましたので、私たち傍聴者にも大変わかりやすい進行となっていると感じられました。

2 弁護人・検察官の意見陳述
 弁護人は、やはり女性でした。参与裁判官裁判では、通常、弁護人は2人付くと聞いていたのですが、この時は一人でした。弁護人は、自白調書に基づいて、本件をどう見るべきかを主張しました。これは、日本でもいわれている「ケース・セオリー」の提示にあたると思われます。
 弁護人は、本件はすべて偶発的犯罪であること、23年前に傷害を負い、それが現在も残っており、障害者手帳も交付されていること、父は体が弱く、母は死亡しており、妻は、前刑による刑務所収容中に浮気し、自殺したこと、被告人は小学校も卒業しておらず、仕事も満足に得られない状態であったことなどと述べました。
 これに対して、検察官は再犯可能性の高いことを主張しました。

3 被告人質問
 黙秘権が告知された後、検察官から質問が行われました。今度の検察官はメガネをかけた男性です。
 検察官は、まずこれまでの前科についてパワーポイントで示し、今回の犯罪についてその日時内容を示した後、被告人に一件一件確認をとっていきました。もっとも、被告人の答は必ずしも質問に対応したものとはなっていなかったようです。
 弁護人は「反省していますか」と聞き、これに対して、「はい」という答えが返ってきたようです。
 最後に、陪審員からの質問票に基づき、裁判長から質問が行われ、被告人質問は終了しました。

4 検察官の論告・求刑
 最初にプレゼンテーションをした女性検事から、争点と立証計画に詳細に述べられ、結論として、常習性が認定されるという主張が行われました。その後、もう一人の男性検事が懲役3年の求刑を行いました。

5 弁護人の最終弁論
 当初は弁論書を読み上げ、その後、パワーポイントを使って、@小学校も退学しており、文字も満足にかけないなど、成育歴について述べ、A常習性認定の可否について、常習性の判断基準を図を示して説明し、本件がこの基準に当てはまらないことを主張し、B最後に、財閥のトップが何億円もの横領をしても大した制裁を受けないという社会的不平等が蔓延していると主張して、そのことを問題視したテレビニュースをスクリーン上に映し出しました。
 このニュースを法廷に流すという形での弁論が、私には印象的でした。

6 裁判長による公訴事実の説明とこれまでの審理経過の確認、評議の仕方についての説明
 被告人の最終陳述に続いて、裁判長から公訴事実の説明と関連した証拠の確認、当事者の主張のポイントが、これもパワーポイントを使用して行われました。その後、陪審員に対する評議の仕方が説明されました。私たちはこの時点で、退席し、地裁部長判事との懇談会に移りました。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。