【村井敏邦の刑事事件・裁判考(24)】
少年事件と逆送(その1)
 
2013年5月13日
村井敏邦さん(大阪学院大法科大学院教授)
原則逆送事件

 前回触れた吉祥寺事件が、家庭裁判所から検察官送致になりました。いわゆる逆送ということです。
 2000年の少年法改正以前は、罪を犯したとして家庭裁判所の審判に付された少年は、基本的には、刑罰ではなく保護処分が科されることになっていました。例外的に、死刑、懲役または禁錮にあたる罪について、家庭裁判所の調査の結果、その罪質および情状に照らして刑事処分を相当であると認められるときは、家庭裁判所は、事件を検察庁に送ることができるとされていました(改正前少年法20条本文)が、16歳未満の少年には、この処分ができないとされていました(同条但書)。
 ところが、2000年の少年法改正によって、この20条但書が削除され、2項が追加されて、「故意の犯罪により被害者を死亡させた罪の事件であって、その罪を犯すとき16歳以上の少年に係るものについては」、原則として、逆送決定をしなければならないと規定されました。これが原則逆送というものです。吉祥寺事件は、17歳の少年によって引き起こされた殺人または傷害致死事件ということですから、原則逆送の事件です。

逆送と憲法39条

 憲法39条は、「何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。」としています。二重処罰の禁止とか一事不再理の原則とか言われます。英米法では、Double Geopady(二重の危険)の原則といわれるものです。日本でも、この規定を二重の危険として理解するのが一般的となっています。
 家庭裁判所で審理した後に、同一の事件を刑事裁判所での裁判に付するというのは、この二重の危険に反するのではないでしょう。国際的には、少年の審判を終了してそれを刑事裁判所に送るのは、二重の危険に反するとする理解が一般的といってよいでしょう。そこで、アメリカの州によっては、審判の開始以前に通常裁判所の裁判に回すという方策をとって、二重の危険を回避しているところもあります。、
 日本では、どうでしょうか。最高裁判所は、審判不開始決定について、次のような判断をしています。「この場合になされる事実上又は法律上の判断は、他の少年法上の処分が行なわれる場合と同様に、終局において、少年法の所期する少年審判の目的達成のためになされるものであつて、刑事法の所期する刑事裁判の目的達成のためになされるものではない。したがつて、同じく事実又は法律に関する判断であつても、刑事訴訟において、対審公開の原則の下に、当事者が攻撃防禦を尽くし、厳格な証拠調を経た上で、刑罰権の存否を決定するためになされる事実認定又は法律判断とは、その手続を異にする。それ故、本件の如く、審判不開始の決定が事案の罪とならないことを理由とするものであつても、これを刑事訴訟における無罪の判決と同視すべきではなく、これに対する不服申立の方法がないからといつて、その判断に刑事訴訟におけるいわゆる既判力が生ずることはないものといわなければならない。また、憲法39条前段にいう「無罪とされた行為」とは、刑事訴訟における確定裁判によつて無罪の判断を受けた行為を指すものと解すべきであるから、右の解釈が憲法のこの条項に抵触するものでないことも明らかである。」(最高裁判所大法廷昭和37年(あ)第2176号道路交通取締法違反被告事件昭和40年4月28日)
 ただし、この判例には、三人の裁判官の反対意見がついています。反対意見は、家庭裁判所のした終局処分には、一事不再理効があるとしています。もっとも、田中二郎裁判官の意見中には、「家庭裁判所の判断を検察官の判断に優先させ、家庭裁判所から検察官に逆送された場合にはじめて検察官は公訴を提起することができるものとしているのである。従つて、家庭裁判所が刑事処分を不相当と認めて、検察官へ逆送しない場合においては、検察官は公訴を提起することはできないはずである。」という部分があり、この部分では、逆送決定には、一事不再理効がないとしているもののようです。
 高裁決定には、「逆送決定は、少年審判手続を終結させるが、なお公訴提起や一定の場合の再送致など、その事件の帰趨が最終的に決するわけではない中間的な処分であり、一事不再理効類似の効力は認められない。」(東京高等裁判所平成14年(う)第2268号強盗殺人,窃盗事件平成15年5月27日)としたものがあります。
 しかし、二重の危険というのは、一度裁判所において一定の不利な処分を受ける危険にさらされた後に、こう一度、そのような危険にさらすことを意味します。最初の危険で、有罪や無罪の判断を受けたかどうかということとは関係ありません。不利な処分を受ける手続きに付されたことによって危険が発生するのです。そうだとすれば、結果として逆送という判断が行われたとしても、家庭裁判所の審判には付されているので、その段階で一回危険にさらされており、その後に、検察官が公訴提起すると危険のある逆送決定は、二度目の危険を内包する決定だということになるはずです。

原則逆送の問題点

 前述のように、以前は、16歳以上の少年についてだけ、逆送決定ができることになっていました。ところが、2000年少年法改正によって、14歳以上16歳未満の少年についても、逆送ができることになり、16歳以上の少年については、逆送決定をしなければならないとされました。
 この原則逆送規定は、一見すると、家庭裁判所は調査をしないで検察官に送致すべし賭いっているようにも見えます。しかし、少年法20条2項の但書は、「ただし、調査の結果、犯行の動機及び態様、犯行後の情況、少年の性格、年齢、行状及び環境その他の事情を考慮し、刑事処分以外の措置を相当と認めるときは、この限りでない。」としているので、やはり調査は必要です。
 本来、保護主義という観点からは、仮に逆送を認めるとしても、保護処分をとり得ないよほどの事情が認められる例外的な場合についてのみ、逆送という処分が選ばれるということです。2000年改正以前は、そのように考えられていました。ところが、2000年改正は、16歳以上の少年については、原則と例外を逆転させました。2000年改正があった翌年の2001年4月1日から2011年末日までの間における原則逆送事件で家庭裁判所の判断を受けた少年の人員は,合計538人であり,このうち344人(63.9%)が検察官送致決定を受けています。強盗致死事件では、ほぼ100%逆送処分となっています。
 このように、原則逆送の規定が設けられたことによって、原則逆送事件については、家庭裁判所の調査が行われても、きわめて形式的で、事件の重大性だけが判断対象になり、逆送決定が行われています。家庭裁判所における審判の特色は、事件の内容だけではなく、少年の性格や家庭環境などの諸事情を十分に調査して、少年にとって最も利益となる処遇を選択するというところにあります。国際的にも、「少年の最善の利益」こそが少年事件の審判の判断基準とされるべきだとされています。原則逆送は、この国際的基準に反するものとして、国連の規約人権委員会からも、改めるべきであるとの勧告を受けています。

<つづく>
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。