刑事裁判における証拠開示はどのように変化したのか  
2012年8月27日
大出良知さん(東京経済大学現代法学部教授)

前回からの続き

 裁判員裁判の導入によって、審理手続を適正で充実したものにするために最も効果があったといって良い改革の1つは、公判前整理手続での検察官請求証拠以外の証拠の弁護側への開示のルール化だったといってよいでしょう。
それまで、検察官請求証拠の開示は義務づけられていました(刑事訴訟法299条。以下条文だけを示すのは、いずれも刑事訴訟法の条文です)が、それ以外の証拠を弁護側に開示させるルールはありませんでした。そのような状況を正当化していたのは、検察官は、その立証にとっての最良の証拠、すなわち有罪を示す証拠だけを法廷に出せば良いという考えでした。その背景には、検察官は、被告人・弁護人に対抗し、被告人の有罪を立証する一方当事者であって、敵対する相手方当事者を利する必要はないといった考え方であったといって良いでしょう。
 もちろん、そのような考え方や、そのような考え方に基づいて検察官が証拠を開示しないことに対しては、長年にわたって強い批判が行われてきました。検察官は、単なる一方当事者ではなく、国家機関として手続を適正・公正に運用する責務があるということや、そもそもそのような責務があるからこそ、強制的に証拠収集を可能にする権限が与えられているのであり、その権限を利用して収集・確保している被告人に有利な証拠まで検察官の思惑だけで開示しなくて良いのかということでした。そのことによって手続の適正性・公正性が害される危険性が極めて高かったからです。
 しかし、法律上の確固たる規定がないということで、事態は一向に改善されませんでした。その結果生じた冤罪も決して少なくなかったと考えられます。かろうじて、1969年4月25日に最高裁の決定が、「証拠調べの段階に入った後、弁護人から、具体的必要性を示して」申出のあった場合に、裁判所が「その訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させるよう命ずることができる」という判断を示したことがありました(最高裁判所刑事判例集23巻4号248頁)。
 ところが、弁護側が、「具体的必要性」を示したとしても、裁判所が判断しなければならない要件は、かなり長くなりますが、次のような内容でした。「事案の性質、審理の状況、閲覧を求められた証拠の種類及び内容、閲覧の時期、程度及び方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防禦のために特に重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当とみとめるとき」です。
これだけハードルがあったのでは、弁護側の要求が通ることは、そう簡単ではないと言わざるを得ませんし、実際にもほとんど機能していませんでした。時期的にも、「証拠調べの段階に入った後」でしかなく、弁護側が迅速に充分な反証計画を立てるために資することにはなっていませんでした。
 これに対して、新たに創設されたルールは、公判前整理手続での開示ということですので、検察側との対等な準備を可能にする時期ということですし、その内容もそれまでとは比較になりません。検察官請求証拠についての開示も、証人について誰をというだけでなく、その予定される供述内容まで開示することが求められることになりました(316条の14)が、さらに次の2つの種類の証拠の開示についての規定が設けられました。
 まず、検察官請求証拠の証明力を判断するために重要で、以前から比較的開示しやすいであろうと考えられてきた証拠を8つに類型化して、その類型に該当する証拠については、一定の条件をつけてはいますが、弁護側が特定の検察官証拠の証明力を判断するために必要だとして請求した場合には、具体的な弊害がない限りは原則として開示しなければならないことになりました(316条の15・類型証拠開示)。その類型は、証拠物や従前から例外として証拠として使える可能性のあった伝聞証拠、証人予定者の供述録取書、参考人の供述録取書、被告人の供述録取書等、取調状況報告等々ということになります。
 また、被告人が主張を予定している事実に関連する証拠についても、弁護側から請求された場合には、検察官は、具体的な関連性が認められ、類型証拠の開示と同様、具体的な弊害がない限り、原則としては開示しなければならないことになりました(316条の20・主張関連証拠開示)。
 さらに、類型証拠開示や主張関連証拠開示において検察官が証拠を開示しない場合には、弁護側の請求によって開示を命令することができることにもなっています(316条の26)。
 以上のような三段階構成の証拠開示によって、これまででは開示されることのなかった証拠が、請求如何ではほとんど出てくることになったといって良いでしょう。ただ、請求が必要だということからは、どのような証拠が存在しているかが分からない弁護側にとっては、請求の巧拙とも関連して、必要な証拠を全て遺漏なく開示によって確保できることにはならない危険性が残ってはいます。
 しかし、証拠開示が行われないのが当然といった裁判が行われていた状態が変わったことで、あらためて適正・公正な裁判を実現するために如何に証拠開示が重要かということが裁判所にも認識されてきていると考えられます。
 そのことは、類型化されているわけでもなく、検察官の手元にあるわけでもない主張関連証拠について、裁判所の開示命令が行われてきていることでも分かります。具体的には、「警察官の取調べメモ」です。最高裁の判断は、私費購入ノートを利用して一時期自宅に持ち帰っていたメモであっても「職務執行のために作成した」ものである以上公的な性格を有するとして開示が命令されています(2008年9月30日最高裁判所刑事判例集62巻8号2753頁)。これまではおよそ考えられなかった開示と言って良いでしょう。しかも、開示命令に対して不存在あるいは廃棄済みといったことで開示されなかった際には、下級審では、証言や供述調書の信用性判断に影響するといった判断が示されることにもなってきています。
 そして、さらにもう一点指摘しておく必要があるのは、証拠開示のルールがなかった時代に裁判が行われていた事件の再審請求審への波及効果です。再審請求審は、公判前整理手続ではありませんから、新たな証拠開示のルールが直接適用されるわけではありません。しかし、前述のように、証拠開示が適正・公正な判断のために不可欠であるということが明らかになってきた中で、再審請求審の審理においても裁判所が、検察官に証拠開示を勧告するといったことが行われるようになりました。例えば、布川事件、福井事件、東電OL事件などでは、その結果開示された証拠が、再審開始へ扉を開くことにもつながることになりました。
 以上のように、証拠開示については、なお、請求によるのではなく、全ての証拠を「事前全面開示」させるという課題が残っていますが、ルールのなかった時代の問題性は大きく改善されたことは間違いないといって良いでしょう。
 
【大出良知さんのプロフィール】
九州大学法科大学院長などを経て、現在東京経済大学現代法学部長。専攻は刑事訴訟法、司法制度論。
『裁判を変えよう−市民がつくる司法改革』『長沼事件 平賀書簡−35年目の証言、自衛隊違憲判決と司法の危機』など著書多数。
<編集部から>
8月29日(水)、下記の通り、大出良知さんがBS11「本格報道INsideOUT」で司法改革を語りますので、ご案内します。

BS11「本格報道INsideOUT」
8月29日(水)よる9時00分〜9時54分

「裁判員裁判から3年 問われる司法改革」
ゲスト:大出 良知(東京経済大学教授・弁護士)
初の裁判員裁判(05年8月3日)が行われてから3年。
裁判員制度の導入は「司法の民主化」「開かれた司法」を目指して行われている司法改革の一端。
司法への思いを新たにする人が現れる一方で、裁判員の心身の負担など、さまざまな課題も浮かび上がっている。
また、罪なき人が有罪判決を受ける冤罪も、無くなることがない。
取り調べの可視化や代用監獄の問題、裁判官の官僚制など、司法改革には、未だ多くの課題が山積している。
東京経済大学教授・弁護士で、司法制度改革推進本部のメンバーをつとめた大出良知(おおで よしとも)さんとともに、司法改革のあり方について考える。
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