【村井敏邦の刑事事件・裁判考(11)】
日本でもあるGPSによる行動確認捜査
 
2012年4月2日
村井敏邦さん(大阪学院大学法科大学院教授)

 前回では、アメリカ合衆国最高裁判所の判例を紹介しました。GPSによる追跡を憲法違反としてものでした。日本でも、このような捜査が行われているのでしょうか。実は、行われているという実例が現れたことがあります。ウィニーによって流出した捜査情報の中に、愛知県警の警察官が殺人事件の参考人となった人の自動車にGPS装置を着けて、その行動確認をしていたことを報告する文書がはいっていたのです。
 この事件は起訴されなかったため、法廷でGPSによる追跡捜査の違法性が問題にはなりませんでしたが、もしなっていたとすれば、裁判所はどう判断したでしょうか。

 GPSによる追跡捜査が一般的であるという証拠はありません。しかし、長期にわたる尾行とビデオカメラによる行動確認は、ごく普通に行われているようです。

堀越事件の捜査

 ここに例としてあげるのは、堀越事件と呼ばれるものです。休日に、政党の機関紙号外をマンションなどのポストに入れていた国家公務員が、国家公務員法違反として起訴された事件です。国家公務員法102条は、国家公務員の政治的行為を禁止しています。これにあたるとして起訴されたものです。この事件の最大の争点は、政治的行為を禁止した国家公務員法の規定の憲法適合性です。この点について、裁判所は合憲であるとしましたが、控訴審は被告人の行為は禁止されている政治的行為に当たらないとして無罪としました。現在検察官が上告中です。
 ここで問題としたいのは、この事件の捜査です。裁判所の認定によると、次のような事実が認められます。
 平成15年4月20日に告示された統一地方選挙の前日、選挙違反の取締に従事していた月島署警備公安係T巡査らが、マンションの集合郵便受けにビラ様のものを多数投函していたのを認め、選挙違反文書を配布しているのではないかと疑い、上司に相談した上で行動確認を続けました。しかし、被告人が投函していた文書が違法文書ではないことが確認されたため、国家公務員法違反に切り替えて、なお、行動確認が続けられ、それは5月10日まで続けられました。
 その後、継続捜査ということになり、第43回衆議院議員総選挙が実施されることになった10月11日から11月8日までの29日間にわたって、再び被告人を尾行し、行動確認捜査が行われました。
 この行動確認の様子は次のようなものです。
 平日は、約2、3名の捜査官が被告人の出勤状況と退庁後の立ち寄り先等を確認しました。休日は、6名から11名の捜査官が行動確認に従事して、被告人が朝自宅を出るところから尾行を開始し、その立ち寄り先や接触した人物等を捜査しています。
 この行動確認にあたっては、平日でも少なくとも1台、土日には多くとも4、5台のビデオカメラを用意して、被告人のビラ配布行為やそれに接着した行為、配布行為をする可能性のある状況、あるいは被告人がM候補者の事務所や政党地区委員会に立ち寄る状況等を撮影しました。
 その結果、デジタルビデオカセットは約33本あり、そのうち9本が被告人の行動を撮影したものとして、公判廷に提出されました。
 撮影は隠し撮りの形で行われており、被告人の行動はほぼ連続的に撮影されています。被告人のビラ配布行為だけではなく、手ブラで公道上を歩いている姿とか、被告人以外の通行人やマンションの住人などの第三者の姿や顔が撮影されたものもあります。

ビデオ撮影の性格

 この事件の第1審東京地方裁判所は、本件ビデオ撮影は公道上又はこれに準じるマンションの玄関内で行動する被告人を普通のビデオカメラで写したものであるから、プライヴァシー保護の期待が低いとして、令状の必要な強制処分ではなく、任意処分であるとしました。もっとも、任意処分といっても、どのような行為でも許されるわけではなく、いわゆる警察比例の原則が適用されます。警察比例の原則とは、警察権の発動のためには、その発動によって達成される目的と、そのためにとられる手段によって制約される利益との比例を要求する原則で、具体的には、目的の正当性、手段の必要性、相当性を満たす場合にのみ、警察権の発動を認めるというものです。
 裁判所は、ビデオ撮影については、被告人の行動が機械的に電磁的記録媒体に記録されることになるため、尾行による場合に比較して、プライヴァシー侵害の程度は高いとして、尾行より慎重な配慮が必要としました。

写真・ビデオ撮影についてのこれまでの裁判所の判断

 ビデオ撮影の許容性について参考となる判例としては、京都府学連事件最高裁判所判決(1969(昭和44)年12月24日)があります。これは、犯罪捜査のための写真撮影について許容性の基準を示したものとして考えられています。この判決は、個人は、その容貌、姿態を撮影されない自由を有するとして、いわゆる肖像権を初めて認めました。そのうえで、この自由も無制約で認められるわけではないとして、警察官の写真撮影が認められる要件として、@現に犯罪が行われ又は行われた後間がないと認められる場合であること、A証拠保全の必要性及び緊急性があること、Bその撮影が一般的に許容される限度を超えない相当な方法をもって行われることの三つをあげています。
 その後、山谷地区監視カメラ事件(東京高判1988(昭和63)年4月1日)では、東京高裁は、京都府学連事件判例は具体的な事案についての判断であって、上記の場合以外には写真撮影が認められないわけではないとして、「その現場において犯罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合であり、あらかじめ証拠保全の手段、方法をとっておく必要性及び緊急性があり、かつ、その撮影、録画が社会通念に照らして相当と認められる方法でもって行われるときには、現に犯罪が行われる時点以前から犯罪の発生が予測される場所を継続的、自動的に撮影、録画することも許される」としました。

堀越事件における裁判所の判断

 堀越事件第1審も、京都府学連事件判例を基礎にしながら、山谷監視カメラ事件東京高裁判例によって、犯行状況の撮影に限られず、犯行前後の状況の撮影も認められるとしました。しかし、この三つの事件を同列においてビデオ撮影の許容性を認めてよいのでしょうか。
 三つの事件を比較してみましょう。
 京都府学連事件は、事件現場における写真撮影です。ビデオ撮影ではありません。これに対して、山谷監視カメラ事件は、ビデオ撮影ですが、一定の場所に設置された監視カメラによるもので、特定の人物に焦点をあてたものではありません。これに対して、堀越事件の場合には、ひとりの人の行動を朝から夜まで長時間かつ長期間にわたって撮影し、録画したものです。これらを同じように考えてよいのでしょうか。京都府学連判例が具体的事案に則した判断であるとするならば、堀越事件については、@断片的な行動や状況の撮影ではなく、行動の連続的な撮影であること、A特定の人物に焦点を当てた撮影であること、B長時間、長期間にわたる行動記録であることから、許容される要件は、より厳しいものになるのではないでしょうか。要件をより緩やかにするというのは、妥当ではないでしょう。

プライヴァシー侵害の程度について

 堀越事件のビデオ撮影について、東京地方裁判所は、公道上の行動の撮影であるから、プライヴァシー侵害の程度は低いとしています。これをもって、写真撮影の許容性についてのBの要件、相当性要件を満たしていると判断しました。そこでは、長時間、長期間にわたって連続的に行動を記録したことによるプライヴァシー侵害の程度の高さは問題にされていません。
 この点で、前回のアメリカ合衆国判例を思い出してみましょう。アメリカの事案では、2週間にわたってGPS追跡をしたことを強制処分とされています。日本では、令状のいらない任意処分とされ、相当であるとさえされています。
 アメリカ判例の補足意見で述べられているように、長期にわたる継続的な行動監視はプライヴァシー侵害の程度は高いと考えるべきでしょうし、少なくとも、相当な方法ではないと判断すべきではないでしょうか。
 
【村井敏邦さんプロフィール】
一橋大学法学部長、龍谷大学法科大学院教授、大阪学院大学法科大学院教授を経て、現在一橋大学名誉教授。法学館憲法研究所客員研究員。