犯罪をおかした人の更生に市民・弁護士はなにができるか?(その2)  
2012年1月23日
伊藤真(伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長)

<以下、監獄人権センター・伊藤塾共催の連続講座「犯罪をおかした人の更生に市民・弁護士はなにができるか?」(2011年9月〜2012年3月)開講にあたっての挨拶です。>

前回からの続き

 私はあちこちで憲法の話をしてまわっています。憲法を多くの人たちに知ってもらいたいと思い、講演をしたり、執筆をしたりしています。日本国憲法には犯罪をおかした人、あるいは犯罪をおかしたと疑われている人、被疑者・被告人に関する条文がたくさんあります。31条から40条まではずっとその条文です。人権の条文の3分の1くらいが犯罪をおかした人、犯罪をおかしたと疑われている人をどう処遇するか、そういう規定になっています。そういう人たちというのは最も人権侵害を受けやすい、国家からの人権侵害を受けやすい立場にいます。また、国民の多数の人たちから特別な目で見られたりする、そういう立場にいるわけです。そういう人たちの人権を保障することこそが、人権保障の出発点ではないか、そこの人権をしっかり確保することで、それ以外の人々、弱い立場の人々、少数の人々の人権を守ることにつながっていく。犯罪をおかしたと疑われる人、あるいは実際に犯罪をおかして受刑者としての処遇を受ける人の人権保障をいかにはかるかは、その国の人権保障のバロメーターだと言われます。人権がいかに大切にされている国なのか、さらには憲法がいかに大切にされている国なのか、ということを測る指標になるのだと思っています。私たち市民が、そして法律家が、犯罪をおかした人の処遇を学び、それをよりよくしていくということは、日本の憲法の価値を実現し実践していく、そういう意味でも大切なことだという思いを持っています。
 様々な理由で犯罪をおかしてしまった人を排除するのではなく、共に生きる、共生していく、そのために学び、何が必要なのかを考えていきたいと思います。日本国憲法は人々の多様性を認め合いながら、自分と違う人を排除するのではなくて、違いを認め合いながら共に生きる=共生ということを重要な核にしています。日本国憲法には、個人の尊重、個人の尊厳、「すべて国民は個人として尊重される」(13条)という条文があります。それは日本国憲法の中で何より大切な根本の価値です。人として、人間として、誰もが尊重される。この世の中に人権を保障されるのにふさわしい人と、人権を保障しなくてもいいという人を分けることはできない、どんな人でも人間として大切にされ、そして人間としての尊厳を持ってもらえる、それが日本国憲法の根本の価値なのです。それがこの国できちんと実現されていくということは、多くの市民にとってもこの国の一人一人が尊厳を持って、一人一人が個人として尊重されて生きることができる社会をつくりあげていく上で、とても大切な基底の問題なのだろうと思っています。
 今回の講座が、私たちは何ができるのか、私たち一人一人が自分の問題として考えるきっかけになれば嬉しいと思います。主催者としてそのことをお伝えし、ご挨拶に代えさせていただきます。どうもありがとうございました。

<終わり>

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これまでの講座の様子は伊藤塾HPから動画配信されています。こちら

 
【伊藤真プロフィール】
1958年生まれ。
1995年、憲法を実現する法曹養成のため「伊藤真の司法試験塾」(現在の伊藤塾)を開塾。
2002年、法学館憲法研究所を設立。所長に就任。
2007年、あらためて弁護士登録。法学館法律事務所所長。