七生養護学校「こころとからだの学習裁判」  
2011年11月21日
中川重徳さん(弁護士)

 去る9月16日、東京高等裁判所は、都立七生養護学校で起きた教育介入事件について、地裁に続き原告勝訴の判決を言い渡しました。
  事件は、2003年、知的障がいを持つ子どもたちが学ぶ養護学校で起きました(現・特別支援学校)。障がいがあっても性的発達や関心は健常児と変わりません。しかし、障がい故に自分の体の変化を理解できずパニックとなったり、加害者扱いされる行動をとってしまったり、被害者となることも少なくありません。同校には、親のネグレクトなど虐待経験を持つ子どもが多く在籍しています。愛情が必要な時に愛してもらえなかった経験は、大人に対する怒りや不信となり暴力や自傷行為の形で現れる一方で、人間関係に対する自信の無さ、自己肯定感の低さともなっていました。そのような中、小学部から中学部まで幅広い年齢層の子どもたちの間での性的な問題行動が明るみに出ます。先生たちの悪戦苦闘が始まりました。虐待経験を持つ女子は、セックスの相手をさせられた経験を「今日は○○さんと遊びました」と日記に書きました。教員たちは、性に関する提供するだけでは問題の解決とならないことを知りました。妊娠した教員が教室に来て命の大切さを教え、誰もが愛されたて生まれたことを伝えました。「ぼくもお腹に入ってみたいな」という子どもの声から、みんなが応援する中で出産を体験する教材「子宮体験袋」も生まれました。たくさんの失敗を重ねながら試行錯誤は続けられ、命や身体、性の問題を扱いながら自己肯定感を培うユニークな教育実践と教材が生まれたのです。これらは、父母からも歓迎され、校長会と都教委が開催する研修会でも毎年高く評価されていました。
  ところが、2003年、この教育実践を、一部都議が「過激性教育」と議会質問で攻撃し、視察と称して学校を訪れ、性教育教材をアダルトグッズ呼ばわりし、「感覚が麻痺している」等と現場の教員を罵倒するという信じがたい事件が起きました。都教委は、これら議員の行動を阻止しなかったばかりか、むしろ迎合同調し、職務命令を発して七生の教育実践について犯罪捜査さながらの事情聴取を行い、子宮体験袋を含め多数の教材を事実上没収し、年間指導計画の変更を強制したうえに、教員に対する厳重注意処分を発し、前例の無い人事異動をして文字どおり七生養護学校とその教育実践を「解体」するという挙に出たのです。
  2010年に出された地裁判決は、都議らの行為を教員に対する侮辱行為であると同時に旧教育基本法10条の禁止する「不当な支配」として損害賠償を命じ、都教委についても、不当な支配から現場の教員を保護する義務があるのにこれを怠ったこと、厳重注意処分が裁量権の濫用であり違法であることを理由に損害賠償を命じました。今回の高裁判決も、学習指導要領について、「一言一句が拘束力すなわち法規としての効力を有するとすることは困難」として「教育を実践する者の広い裁量」を強調し、「各学校の児童・生徒の状態や経験に応じた教育現場の創意工夫に委ねる度合いが大きい」とし、教育委員会の権限についても「教員の創意工夫の余地を奪うような細目にまでわたる指示命令等を行うことまでは許されない」と述べました。他方、教材没収や年間指導計画変更等の違法性を認めない等の不十分な点もあり、双方が控訴して上告審に至っている。子どもたちに真正面から向き合って奮闘する教員の営みが尊重されるために、最高裁学テ判決がどのように発展させられるべきなのか、この裁判の今後に是非ご注目いただきたいと思います。

 
【中川重徳(なかがわ しげのり)さんのプロフィール】
東京都新宿区出身。1988年弁護士登録。七生養護学校「こころとからだの学習裁判」事務局長。他に、府中青年の家訴訟、原爆症認定集団訴訟等にかかわる。
共著「エイズ集中講義」(アーニ出版、1999)、共著「被爆者はなぜ原爆症認定を求めるのか」(岩波ブックレット、2006)