「教員が自由に意見を言い合える学校を」と裁判でたたかう  
2011年8月15日
土肥信雄さん(元東京都立三鷹高校長)

―――土肥先生はいま、東京都の非常勤教員試験で不合格とされたことを不服として裁判でたたかっておられます。まずはどのような裁判なのかからお聞かせください。
(土肥さん)
  私は都立高校退職後に東京都の非常勤教員試験を受けましたが、不合格とされました。95%以上の受験者が合格する試験です。私の教育は生徒や保護者からよい評価をいただいていましたのでおかしいと思いました。私は都立三鷹高校の校長のときに、学校では教職員が自由に意見を述べ合いながら生徒たちへの教育をすすめるべきだと考え、その旨東京都教育委員会(以下、都教委)にも発言してきました。したがって、私が不合格になったのは在職中の私の発言・行動などに対する都教委の報復ではないか、だとしたら、それは私・土肥個人だけの問題ではなく、学校で自由に意見を出し合って生徒たちへの教育をすすめることを危うくすることになる、このように考え、裁判所に提訴することにしたのです。

―――裁判を始めてみて、裁判というものをどのように感じることになりましたか。
(土肥さん)
  裁判をしてみて本当によかったと思っています。裁判をしなかったら間違いなく、私が非常勤教員試験で不合格になったことや私に対する言論弾圧等が闇の中に葬られることになったでしょう。私は提訴する前、言論の自由の問題について何回も都教委に公開討論を要求しましたが、全て拒否されました。裁判では、いろいろな証拠とともに私の主張を提出し、都教委側も私のそれぞれの主張に対して反論してきました。こうして都教委の主張が公開されることになりました。都教委側の主張には事実と異なることも多々あるのですが、それまでの秘密主義を打破することができました。

―――裁判には公平・適切・迅速などの要請があると思われますが、裁判官の訴訟指揮をどのように評価しておられますか。
(土肥さん)
  結審間際に急に裁判長が変わることになってしまったのですが、これまでの裁判長は公平に審理をすすめてくれたと思っています。異例なことのようですが、裁判長は、証人尋問はできるだけ集中して実施しようと丸丸二日間を割いての審理をしてくれました。
  ただ、都教委側の証人尋問の時期が当初予定よりも遅れることになってしまいました。私としては、その点は不可解な印象を持っています。

―――先生が提訴するにあたっては、弁護士費用のことなど、いろいろと悩ましいこともあったのではないでしょうか。
(土肥さん)
  やはり弁護士費用のことは一番の問題で、当初は私の退職金などでまかなうしかない、と思っていました。ところが、相談にのってくれた弁護士は弁護士費用のことも大変な配慮をしてくださいました。加えて、裁判を始めるとすぐに、私の教え子やその保護者が中心となって「支援する会」を組織してくれました。そして、裁判に関わる諸費用も「支援する会」が集めてくれることになりました。
  裁判をするにはお金が必要となり、提訴を諦めたり、弁護士をつけずにたたかう人がいます。難しいことかもしれませんが、理不尽な目にあっている人が提訴しやすいような経済的な支援が検討されるべきだと思います。

―――学校現場の問題の一つとして、卒業式などの際に教職員に対して国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう義務づけることに関わる裁判も行われています。先生はこの裁判のことはどのようにお考えですか。
(土肥さん)
  私の校長の時代、実に悩ましい問題でした。現時点での個人的な思いを率直に申しあげますと、国旗・国歌が現にあり、多数の国民がそれを認める状況にあるという事実は認めなければならないと思います。同時に、やはり強制はよくないと思います。祝日に国旗を掲揚する家があってもいいし、しない家があってもいい、学校でもいろいろあっていい、とにかく全体を統制しようということには違和感を覚えます。最近最高裁がこの問題で判決を出しています。すべての判決で原告(教職員)が敗訴していることは残念ですが、強制すべきでないという少数意見も出されており、それは裁判所の良心だと感じます。

―――最後のお尋ねです。いま刑事事件で司法への市民参加=裁判員制度が始まっています。先生の裁判はプロの裁判官だけで判断されることになりますが、実際に裁判に関わってみて、先生は司法への市民参加をどのように評価されますか。
(土肥さん)
  国民に裁判のことはあまり知らされていませんので、いろいろな問題があるだろうと思います。市民が裁判員になると、やや感情に流された判断をしがちになり、有罪の場合は重い量刑が増えてしまうように感じます。一方で、私には、プロの裁判官は裁判所に閉じこもりがちで、社会常識に欠けるのではないかというイメージもありますので、裁判員制度の導入はよかったとも思います。実際に裁判員を経験した多くの人たちが、事件と被告人について真剣に考える経験ができてよかったと発言しています。
  私は、閉鎖された空間はかならず腐敗する、と思っています。それは学校現場でも、裁判所でも、どこでも同じです。どの組織でも、外の人からの声も聞き、大いに意見を述べ合うようでないといけません。

―――先生の経験と意見の中には司法・裁判の改革課題が多く含まれていると思います。本日はありがとうございました。
(土肥さん)
  裁判では証拠と法にもとづいて、公平に判断してもらわねばなりません。私と都教委の主張は対立していますが、事実は一つしかありません。裁判所には、その事実をきちんと見た上で判断して欲しいです。こちらこそ、ありがとうございました。

 
【土肥信雄(どひ のぶお)さんのプロフィール】
1948年生まれ。商社勤務後に東京都の高校教員に。神津高校校長(2002年から)を経て、2005年から三鷹高校校長に就任。2009年に退職。