正確な法廷供述記録は公正な裁判の前提 ―裁判所速記官制度を守れ!  
2011年2月28日
奥田正さん(「速記官制度を守る会」副会長)
裁判所速記官(東京地裁、「速記官制度を守る会」会員)

―――最高裁は1997年、裁判所速記官の新規養成停止を決定しました。「裁判所速記官制度を守り、司法の充実・強化を求める会」(略称・速記官制度を守る会)は速記官の養成再開を求めて活動なさっています。その基本的な考え方からお聞かせください。
(奥田さん)
  客観的で正確な法廷供述の記録は公正な裁判を実現する前提条件です。速記官はその記録をする専門の職員として重要な役割を果たしています。ところが、最高裁は1997年に速記官の新規養成停止を決めました。その理由は、速記の器械(速タイプ)の入手が困難であること、速記官の人材確保が困難であること、この2つでしたが、いずれも客観的根拠が乏しく、まったく納得できるものではありませんでした。そこで、この問題に関心を持つ市民団体や民主団体、弁護士、裁判所職員などが集まり「速記官制度を守る会」を立ち上げ、最高裁に対して速記官の養成の再開を求めて活動を展開しています。

―――最高裁が速記官の新規養成を停止した真の狙いは何だったのでしょうか。
(奥田さん)
  最高裁がその決定の理由としているのは、速タイプの入手が困難であること、速記官の人材確保が困難であること、この2つだけです。ですから、最高裁の真の狙いは推測するしかありません。当時、私は裁判所職員の組合=全司法労働組合の役員として最高裁とずっと交渉してきましたが、速記官の新規養成停止は最高裁による職員制度合理化策の一環だと考えています。当時、各界から裁判所に対する批判が高まっていました。最高裁は裁判官や書記官を増やして対応したくても財政当局との関係でままならず、そこで職種のスクラップアンドビルドを考えたのだと思います。新規養成を停止し、法廷供述の記録については録音反訳方式を新たに導入する一方、書記官への転官をすすめることなどで速記官の空き定数を作り、書記官定数への振り替えをすすめたのだと思っています。
(速記官)
  裁判の調書をつくるのは書記官であり、当時の書記官の方々はその仕事に忙殺されていました。最高裁は書記官の方々の増員への期待もふまえながら、速記官の新規養成停止の決定をしたように思います。しかし、正確な法廷供述記録の作成は公正な裁判を実現する前提条件であり、本来その立場で検討されるべきでした。

―――速記官の新規養成停止は、裁判所法の「各裁判所に速記官を置く」(60条の2)との規定に反するのではないでしょうか。最高裁はどのように説明しているのでしょうか。
(奥田さん)
  裁判所法60条の2は「各裁判所に裁判所速記官を置く」としていますが、最高裁は国会で、この規定はプログラム規定だと説明しています。しかし、仮にそうだとしても最高裁が速記官の養成停止(将来的には速記官制度が事実上廃止されること)を一方的に決めてよいということではありません。国会が定めた裁判所法の規定を、最高裁が勝手に変更することになりますので、最高裁の中にも躊躇する意見があったようです。そこで速記官制度を「廃止」するとは言わずに「新規養成の停止」としたようです。しかし、裁判所の人的構成について立法府が定めた法律に反する決定を最高裁がするというのは明らかに違憲であると考えています。

―――速記官の新規養成停止は裁判にどのような影響をもたらしているのでしょうか。
(奥田さん)
  1997年には全国の裁判所に800人以上の速記官がいたのですが、いまでは200数十人になっており、このままでは、やがていなくなってしまいます。全国的にみれば、速記官が一人もいない裁判所が増えてきています。
  速記官の新規養成が停止されて以降、裁判所では、速記録に代わって、民間業者による録音テープ起こし(いわゆる録音反訳方式)による逐語的供述調書が作成されるようになりましたが、誤字・脱字なども含め、肝心なところが記載されていないなど、弁護士などからいろいろな声を聞くことが多くなりました。録音ミスなど、審理に影響を及ぼしている例も指摘されています。
  当初、最高裁は、法廷での供述記録を作成する目的で音声認識システムの開発に着手しましたが、システムの基本的な考え方に無理があり、未だに実用化されていません。裁判員裁判では、結果的には、記憶が鮮明なうちに評議するので評議には必要ない、確認のために必要なときは録画を再生する、必要な箇所を再生するためのインデックスとして音声認識システムを利用するとして、裁判員には文字表示された記録を渡していません。このため、証言内容を確認したり、他の証言と対比して検討したりすることが難しくなっており、裁判員は、判断をするにあたって、事実上、自分の記憶と自分のメモしか頼れない状況になっているのではないでしょうか。
  裁判員制度がスタートし、裁判所が正確で迅速な供述記録の作成をすべきという声は、今後ますます高まると思われます。弁護士会からの声も広がっています。
  裁判官はあまり発言されませんが、多くの裁判官は、内心では速記官の作成する速記録が欲しいのだと思っています。
(速記官)
  まさにそのような状況です。
  少しつけ加えると、最高裁はいま、市民が直接に“聞いて、見て、わかる裁判”にしなければならないと、さかんに強調するようになっています。そして、そのことを理由にして公判廷での供述記録もいらないという言い方をします。司法への市民参加も速記の必要性を否定する理由にされているのです。法廷供述の速記の必要性を市民によりわかりやすく説明していかなければならないと思っています。

―――裁判員制度では聴覚障がいを持った方々が裁判員になる場合があります。その点でも裁判での速記録は必要になるのではないでしょうか。
(奥田さん)
  その通りです。最高裁は手話で対応すればよいと言っていますが、手話自体も情報保障としては要約されたものですし、手話が可能な聴覚障がい者は、2割程度と言われています。多くの聴覚障がい者にとって、文字表示でのやりとりが有効ですし、正確な情報を伝えることができるのですから、やはりリアルタイムに文字表示できるリアルタイム速記が必要です。

―――速記官制度を守るための今後の課題についてのお考えをお聞かせください。
(奥田さん)
  私は、最高裁の基本的なものの考え方に問題があると思っています。最高裁の説明では、裁判官は供述の聞き漏れや聞き間違い、聞き忘れなどはしない、という考え方が前提になっています。だから速記録がなくてもよいという判断をするのです。
  人間誰しも、たとえば法廷での30分前の供述のことを正確に覚えているかといえば、必ずしもそうではありません。聞き漏らしたり、記憶違いや聞き間違い、聞き忘れは誰にでもあるのです。市民にも裁判官にも、です。だから、それをフォローするシステムが必要なのです。飛行機には墜落することがないよう、ヒューマンエラーや機器の不具合に対処するため、二重三重の安全システムを敷いています。人は間違えることがあるということは誰もが知っていることで、だからそれをフォローする体制を敷くのです。いわば人類が生み出してきた科学の到達点です。公正・迅速な裁判をすすめるためにはそのための態勢が整えられるべきなのです。
現在、速記官の自主的な努力により、日本でもリアルタイム速記が可能となっています。人数の確保や必要な機材の整備が前提であることは言うまでもありませんが、諸外国を見ても裁判所ではリアルタイム速記が主流になってきています。法廷での供述を、客観的で公正かつ迅速に作成し、公正な裁判の実現に寄与できるよう、速記官の養成再開を一日も早く実現したい、このことを引き続き主張していきたいと思います。
  また、その上で大事なこととして、市民の中に、司法も市民のものだという認識を広げていく課題があります。市民の司法への理解と監視が広がる中で、速記官制度に関わる私たちの要求も前進していくことになると考えています。