「ショージとタカオ」―布川事件を記憶してほしい  
2011年1月17日
井手洋子さん
(映画「ショージとタカオ」監督)
ショージとタカオ
(C)「ショージとタカオ」上映委員会

*1967年に茨城県利根町布川(ふかわ)で老人が殺害され、別件で逮捕された桜井昌司さんと杉山卓男(たかお)さんが起訴され、その「自白」によって、二人は裁判で無期懲役が確定しました。二人は29年にわたる獄中生活を強いられましたが、二人の訴えから2008年に再審開始が決まり、今年3月に再審裁判の判決が出されます。
この二人の姿と布川事件を14年の間追ったドキュメンタリー映画「ショージとタカオ」が完成しました。その監督・井手さんに「ショージとタカオ」のこと、司法の改革のことを語っていただきました。
なお、このページには以前、桜井さん杉山さんにも登場していただきました。(「市民の司法」編集部)

―――井手さんはどのような経緯で桜井さん・杉山さんの映画をつくることになったのでしょうか。
(井手さん)
まず映画のタイトルですが、ショージとは桜井昌司さん、タカオとは杉山卓男さんのことです。
桜井さん・杉山さんは獄中から無実を訴え、その支援者の皆さんが毎年桜井さん・杉山さんを応援するイベントを催していました。私は映像製作の仕事をしており、イベントの関係者から頼まれてイベントを撮影しました。イベントでは桜井さんたちの獄中からの手紙や詩が紹介されました。私はその手紙や詩にびっくりしました。受刑者は刑務所の中で絶望感を感じていると思っていた私は、二人が実に前向きに生きていこうという内容の手紙や詩をしたためていたことに仰天することになったのです。市民がこのような受刑者の姿や叫びに接することはありません。私は二人が仮釈放になって社会に戻ってきたら、ぜひその姿を取材させてもらおうと思いました。

(C)「ショージとタカオ」上映委員会

 でも、当初は二人をこんなに長い間追うことになるとは思ってもいませんでした。私も以前からえん罪のことには関心があり、免田栄さんなど死刑囚が再審で無罪になった時などには、なぜ無実の人が収監され、その貴重な時間が奪われなければならないのかという憤りを感じていました。しかし、えん罪や裁判のことはなかなか人々には分かりづらく、果たして映画にして本当に理解してもらえるのだろうか、あまり確信がなかったのも事実です。ところが、仮釈放後の二人に会い、話を聞いてみると、二人とも実に明るく、物事を前向きに考える人で、私はまたまたびっくりしてしまったのです。会う前に、私は「被害者」というものをステレオタイプに捉えていたのだと思います。でも実際二人の場合は、心をオープンにして、私にストレートに、真面目に話をしてくれたのです。私は実に新鮮に感じました。
二人の体験したことを取材で聞いていくうちに、警察や検察から二人が受けた取り調べのプロセスなどに、おかしな事がたくさんあることを知りました。例えば映画の中で、桜井さんにどんな環境で取り調べを受けたか、記憶をたどって紙に書いてもらうシーンがありますが、警察留置場の中のその場所は、とても平常心でいられる環境とは思えませんでした。今取り調べの可視化の必要性などが言われていますが、こうした二人の体験を多くの人に知ってもらいたいと強く思いました。それが映画化を決意した大きな理由の一つです。

(C)「ショージとタカオ」上映委員会

―――映画「ショージとタカオ」は布川事件をめぐる捜査や裁判の問題点を指摘しながらも、桜井さん・杉山さんの日常の生活をたんたんと描くものとなっていますよね。
(井手さん)
仰るとおり、二人をえん罪の被害者として描くのではなく、それぞれを一人の人間として、そのありのままの姿を映すことにしました。普通の市民に戻るために懸命に生き、かつひょうひょうと本音で話す二人の日常を描いてこそ、二人がえん罪の被害者であることもまた浮き彫りにされると思ったのです。私は、映画というものは観る人々に物事を教え、導いてくもの、お説教するものではなく、観る人々に自分なりに何かを読み取っていただくものだと考えています。

―――実際に映画を観た人たちから好意的な反響が寄せられているようですね。
(井手さん)
「見る前は重いテーマの映画だと思ったが、個性的で明るい二人に共感した」「誰でもえん罪被害者になる可能性があるということを、我がこととして感じた」「無実を訴え続けることは大変なのだろうが、二人のめげない姿勢に感銘した」「二人に勇気をもらった」等々の感想をいただいており、ありがたく思っています。若い人たちも観てくれていて、これも嬉しいことです。
警察や検察が無実の人を犯人に仕立てあげてしまうような捜査については、私たち市民も声をあげなければならないと考えますが、それだけではなく、社会の構成員である私たち一人ひとりが、そのような事実を結果として招いてしまっていることもお互いに自覚する必要があると考えています。この映画を通して考えていただければと思います。

―――桜井さん・杉山さんの姿を映画にするにあたって、いろいろな弁護士に会われたり、また検察官や裁判官のことも聞いたのではないでしょうか。井手さんの法律家に対する認識、司法に対する認識に変化はありましたか。
(井手さん)
ある時、布川事件弁護団の谷萩陽一弁護士が「弁護士は決してあきらめない」という発言をされました。その言葉が大変印象に残っています。またある弁護士は「真実は細部に宿る」という話をされました。膨大な調書を調べ上げ、その調書の中にある矛盾点などを丹念に拾い上げて裁判でそれを追及してきたことを述べたのだと思いますが、こうした弁護団の方々の地道な活動と真実を追究する姿勢に感銘を受けました。
私は、裁判官には市民的な常識が欠けるところがあって、それもえん罪被害者が生まれる原因ではと思っていました。ところが、えん罪被害者を出さぬように頑張っている裁判官がいらっしゃることも知るようになりました。そのような裁判官が増えることを願います。
映画の後半は、桜井さん、杉山さんの裁判のやり直しがどのように実現していくのかを描いています。私も二人の裁判を見つめる機会を得て、司法というものは、いまなお市民から縁遠いところにあると思いました。もっと司法は市民に身近なものであってほしい。このような視点も「ショージとタカオ」の映画に生かしています。

―――ありがとうございました。市民が司法をもっと身近に感じられるようになり、えん罪被害者を出さないようにしていく上でも、映画「ショージとタカオ」を多くの人々に観てもらいたいと思います。本日はありがとうございました。

 
【井手洋子(いで ようこ)さんのプロフィール】
羽田澄子監督の「痴呆性老人の世界」などの助監督などを経て、映像ディレクターとして多くの記録映画・映像を製作。「仕事、君はどう思う?」(2005年教育映像祭文部科学大臣賞、産業映像祭文部科学大臣賞)「東京のモダニズム建築 学校篇」(2009年教育映像祭文部科学大臣賞)などの作品がある。
ドキュメンタリー映画「ショージとタカオ」の監督。構成・撮影・編集も担当。
【編集部より】
ドキュメンタリー映画「ショージとタカオ」の公式ホームページはこちら。1月29日(土)16時半〜アップリンクファクトリーで先行公開。3月19日(土)〜東京新宿K’s Cinema(ケイズシネマ)・、3月下旬横浜ニューテアトルで劇場公開される。