「手を伸ばす」こと  
2010年11月29日
太田晃弘さん
(弁護士)

1 私の赴任地・岐阜県可児市

 私は,この6月まで,岐阜県可児市に設置された法テラス可児法律事務所に,スタッフ弁護士として赴任していました。私が赴任した平成19年6月まで,可児市の管轄裁判所である岐阜地裁御嵩支部には弁護士が1名しか登録しておらず,御嵩支部の弁護士1人あたり人口は21.9万人の司法過疎地でした。
しかし,私が赴任して以降,御嵩支部の弁護士は9人に増員され,弁護士1人あたり人口は,約2.43万人にまでに減少しました。また,岐阜や御嵩支部の弁護士は,どなたも扶助事件や各種人権活動,委員会活動に熱心に取り組まれている先生方ばかりでした。
このように,御嵩支部は,「弁護士過疎」の状態がいちおうは解消されたのですが,私の仕事は一向に減りませんでした。むしろ,連日,朝の9時から深夜0時まで働いても,仕事がまったく減らない,という状況が続きました。

2 現場で何が起こっていたのか

 では,現場で何が起こっていたでしょうか? 具体例でお話ししたいと思います。
とある地域包括支援センターの職員が「消費者被害に遭った障がい者一家」を発見しました。このお宅は,若干認知症ぎみのお婆さん,うつ病に罹患して働けなくなったお母さん,知的障がいのお子さん2人の4人家族で,山奥の一軒家に住んでいました。このお宅のお婆さんとお母さんが,10社・総額800万円の次々割賦販売(リフォーム,ふとん,シロアリ駆除など)を受けていました。一部の業者は,裁判所に支払督促を申し立てていました。
地域包括支援センターの職員は,発見し次第,法テラスに電話をかけてきました。この方々は,そもそも被害意識が薄く,訴えられたことも意に介していませんでした。しかし,年金等の収入は月額20万円程度しかなく,こんな割賦販売代金を支払えないのは明白でした。私は,すぐさま現場に出向き,地域包括支援センターの職員と手分けして事実関係の精査をするとともに,支払督促に異議を申し立て,訴訟での全面対決をすることにしました。本稿の主題ではないので,事件処理の詳細な経過は割愛しますが,私の方では,地域包括支援センター等との連携によって正確な事実を把握して,これを積み上げる作業をしました。そして,消費者契約法,特定商取引法を駆使し,裁判所の調査嘱託を効果的に使ったりして,結果的に,トータルで既払い金数十万円を回収する形で事件を終わらせることができました。弁護士の介入により,債務をなくすとともに住宅が強制執行されることを防ぎ,なんとか生活を守ることができたのです。
このように,法的問題はなんとか解決したのですが,この一家は,その後の地域生活においても不安がありました。いつ同種の業者が近寄ってくるか分かりませんし,雇用,年金,医療,子育て,就学といった問題から,住居の状態,電気・水道等の生活費の支払・・・などの日々の課題まで,様々な生活課題が山積みになっている状態でした。
そこで,現在でも,地域包括支援センター,ホームヘルパー,民生委員,社会福祉協議会,子どもの学校の教員,障害者の就労支援センターなどとともに,約2か月に1回のペースで,定期的にケース会議を行うことにしました。「ご本人らの金銭管理がうまくいっていない」「とある宗教にはまってしまっている」「へんな業者の名刺が置いてあった」など,様々な課題が発見され,そのつど,関係者が連携を取り合って解決していくのですが,ケース会議で大まかな方針などについて情報共有をして,よりよい支援ができるように努力しています。
ケース会議を重ねるにつれ,弁護士の果たすべき役割は非常に大きいものなのだ,ということが分かってきました。「親族は扶養する義務がないのか」「補助人はつけられないか」「ダメなら,社会福祉協議会の自立支援事業はどうか」「変な業者を見つけたら,どう対応すればいいのか」・・・ケース会議において,弁護士が回答を求められる事項は極めて多岐にわたります。現場の方々は,法的問題やその周辺の問題に関して,いろいろと悩みを抱えていますし,それを相談できる先もなくて,途方に暮れていることが分かりました。
人口の5〜6%は何らかの障がいをもっているとされています。また人口の約22%は高齢者です。これらの方々は,問題を抱える人ほど,ひきこもってしまう傾向にあり,法的問題に巻き込まれても,なかなか法律相談には来てくれません。
そして,弁護士は,こういった社会的弱者を世の中から発見することはほぼ不可能です。
そこで,法テラス可児では,福祉機関などから,事実上の無料電話相談を受け付けたり,福祉関係の方々とフォーマル・インフォーマルを問わない連携関係をつくることによって,スムーズに案件を持ってきてもらえるように努力していました。
その結果,法テラス可児では,私だけで,常時数十件の障害者案件を抱えている状態になりました。
また,連携することで,こういった事案が適切に法律家のもとにつながるだけではなく,年金受給,福祉給付,住居確保,就職・・・といった様々な生活課題に対しても,たらい回しを防ぎつつ,ワンストップで確実に解決できるようになったのではないかと考えています。

3 手を伸ばす

 このように「相談機関が相談を待っているのではなく,相談機関の側から依頼者のもとへと出向いていって,相談に乗る」ということを福祉の世界では「アウトリーチ」というそうです。その背景には,生活課題・社会的困難を抱える家庭ほど引きこもってしまって,問題が顕在化しにくい,という経験則があります。そして,優秀なケースワーカーほど,「自分が見えているのは世の中のほんの一部に過ぎない」ということを自覚し,積極的に地域に出て,生活課題・社会的困難を抱えている人を発見しようと努力しています。優秀なケースワーカーは,「それでも,まだまだ把握できていない社会的弱者がいる。」とはっきりといっています。
我々弁護士も,こういった方々と連携して,ともに困っている方々に手を伸ばしていけるよう,努力していかなければならないと考えています。

 
【太田晃弘さんのプロフィール】
2004年弁護士登録。東京パブリック法律事務所所属。
2006年から約3年6ヶ月間、法テラス岐阜・可児法律事務所(岐阜県)に赴任した。