司法過疎対策のセカンドステップ(2)  
2010年11月15日
米田 憲市さん
(鹿児島大学大学院司法政策研究科〔法科大学院〕教授)
前号からの続き

5.判決を獲得できる可能性は「権利」
第二に、田舎の人は裁判で白黒つけるような解決を望まない傾向があると最初から決めつけることも、危険な発想です。田舎でも、当事者が白黒つけたい、あるいは、相談を受けた側も白黒つけるべきであると感じる紛争は、都市生活者と同程度の比率で存在しているように思います。このような紛争に直面した当事者が判決を受けることができるということは、憲法上認められている「権利」です。しかし、相談への対応をしてあらためて気付いたことは、簡易裁判所でさえ、如何に生活圏から遠い存在かということでした。司法過疎地は、司法のつかない「過疎地」でもあり、高齢化が進んでいるのとともに、交通事情も決してよくありません。私たちの相談でも、簡易裁判所に行けば特定調停の手続を教えてくれて、自分で出来ると助言した案件が、「裁判所は遠いから」といって、翌年、そのまま相談として持ち込まれたという経験をしています。こうしたところでの相談に慣れている弁護士は、こうしたことが起こることを知っており、助言内容や対応を工夫しています。このように裁判所を使いにくいところでは、弁護士の相談時の助言の内容から、受任後の活動の全面にわたって、地理的事情に限られない、制度的・社会的事情の影響を受けています。弁護士の活動とその成果が、どれほど裁判所の利用可能性に依存しているのかに気付くことに、決定的な重要性を感じます。
つとに感じるのは、地裁の本庁や支部に附設されるのでない簡易裁判所に、訴額上限は必要なのだろうかということです。この話をすると、調停であれば制限はないからよいと反論される方がおられます。しかしそれは裁判を受ける権利についての無理解、調停委員など地元の人々を交えた助言や判断ではなく、純粋に法律家の判断が欲しいという当事者の事情と守られるべき権利に対する無理解を反映しています。こうした議論が法曹自身からままなされることがあるのは、大変残念です。もちろん私は、何でも裁判で白黒つけるべきとか、その傾向をむやみに助長すべきというつもりはありません。ただ、簡易裁判所の訴額上限は、弁護士の活動を制約し、正当な権利主張であるにもかかわらず泣き寝入りをしたり、紛争を放置せざるを得ないことによる事情の悪化を生み出すことに、過度に寄与しているのではないかと感じているだけです。また、この筋で考えていくことは、簡易裁判所の役割や、裁判官の資格・経歴をはじめ現場で求められる能力も、あらためて問い直すことに繋がるような気がします。

6.法サービスの質にも注目を
最後に、これまでの司法過疎対策の議論が、著しく量的側面に偏っていたように感じます。過払い金返還請求事件あさりをするためだけに、司法過疎地で開業したような弁護士がいたと聞くことは、本当に胸が痛みます。それでも一人は一人、また同時に、他に選びようのない一人の可能性が高いのです。 
また、司法過疎地における当事者の司法の利用機会における司法以外の制度的支援の環境や利用行動にも、注意を向ける必要があります。たとえば、私たちの法律相談では、島内で二カ所以上の相談会場を設けています。屋久島も種子島も、最も遠い島内の拠点といえる集落間を行き来するには片道2時間程度はかかります。そこで、相談者のそばに行くことが望ましいという発想から複数会場の設置をしているのですが、利用者はわざわざ遠い、それも同じ島内でも自宅から最も遠い相談会場を選ぶことがままあります。こうした経験を重ねてみると、法サービスの利用する際には、身近に相談できるという利便性が全てではないということがうかがわれます。
こうした事情に対応するために必要な法サービスのあり方がどのようなものなのかを考えると、裁判所の本庁支部単位はもちろん、人口単位で何人などの量的な議論をするだけではなく、司法制度や法曹の活動と市民生活の接点の「質」に注目する必要を感じます。また、司法の枠だけではなく、行政や他の士業とのつながりの中で、人々の生活をトータルに見ながら、法サービスのできる限りを実施する視点の必要性も感じます。

7.質の議論を伴う司法過疎対策へ
とりとめもなく、経験から感じたことを述べてきましたが、まとめに代えて、いま気付いている議論のあるべき方向だけ、簡単に示しておきたいと思います。
これまで具体的になされてきた司法過疎対策は、現場の実態はいろいろありますが、数を目途とした弁護士過疎対策でした。数は重要です。しかし、法の支配を人々の生活により良く及ぶようにするには、質の議論は不可避です。
制度にはおのずと限界と予定しない問題を発生させます。しかし、いま見える限界や問題(の多くの部分)は、その制度の担い手が作り出しているということに、注意を促したいと思います。

 
【米田 憲市(よねだけんいち)さんのプロフィール】
1966年横浜生まれ。神戸大学大学院法学研究科博士課程後期課程単位取得退学。
神戸大学法学部講師、鹿児島大学法文学部助教授を経て、現在、鹿児島大学 大学院司法政策研究科(法科大学院)教授。専攻は、法社会学。