司法制度改革10年の到達点と課題(2)  
2010年6月21日
飯 考行さん
(弘前大学准教授)
前号からの続き>

3.法テラス

これまで、弁護士に知り合いを持つ人は限られており、電話帳で法律事務所の連絡先を把握しても、その弁護士が信頼できるのか、どの分野を得意とするのか分からず、思い切って電話をかけても、弁護士の多忙さを理由に長期間待たされることがしばしばありました。もめごとに直面してもどこに相談したらよいか分からない、お金と時間がどれくらいかかるか見通しがつかない、そもそも何が法や弁護士によって解決できる問題なのか分からないという状態が続いてきたのです。資力の十分でない人に法律相談を提供し裁判費用等を貸し付ける法律扶助制度は、国庫補助を含む財源は国際的にきわめて少なく、裁判を受ける権利を保障するものとして位置づけられるまでにも時間を要しました。
日本は、国際的に人口あたりの民事訴訟率の少なさで知られます。その原因は、必ずしも「日本人は裁判を嫌う」という文化にあるのではなく、市民は白黒をはっきりつけたい気持ちを持っているのに、費用と時間の不安から、法律相談や裁判になかなか踏み切ることができず、公正な解決を求める少数の市民がやむを得ず裁判を選ぶに過ぎないためではないかと、近時の研究で分析されています(菅原郁夫『民事訴訟政策と心理学』第9章)。
法テラスは、裁判員制度に比して認知度はさほど高くないものの、司法アクセスの改善に国が初めて本腰を入れて取り組んで創設された画期的な制度です。独立行政法人類似の形態で、法に関する問い合わせに対するコールセンター等での「法的トラブルの総合案内所」としての情報提供、法律扶助制度、刑事事件の被疑者・被告人に国費で弁護士を選任する国選弁護制度、弁護士の少ない地域で法律サービスを提供する司法過疎対策や、犯罪被害者支援などの業務を、全国展開しています。
法テラスの業務は、給与制の任期付スタッフ弁護士が主に担います。一般の弁護士が採算が合わないとして引き受けたがらない低所得者の事件も、スタッフ弁護士は法律扶助の条件を満たせば引き受け、福祉や関係機関との連携にも取り組んでいます。弁護士の少ない地域には、弁護士会の出資で、法律相談センターや、ひまわり基金法律事務所という任期付弁護士の事務所が展開されてきましたが、法テラスも、地域事務所の開設などで司法過疎対策に貢献しています。国選弁護制度を法務省傘下の法テラスが担うことには、消極意見もありますが、弁護介入などの問題はこれまで生じていないようです。法テラスの利用者は年々増加していますが、法律扶助の支給対象の狭さと貸与制は変わらず、2009年度末には予算残額の少なさからサービスが制限され、財源拡充がなお課題となっています。

4.法科大学院

 司法を担う裁判官、検察官、弁護士は、これまで、国際的に見て人口比で少ない状態にとどまってきました。その原因は、経済発展と事件数の増加にもかかわらず、昭和40年頃から長らく、司法試験合格者が年間500人前後に据えおかれていたことにあります。その後、司法改革論議のなかで、1990年代のうちに合格者は1,000人程度まで倍増し、2010年までにその倍増の2,000人強になりました。司法制度の改革を検討した内閣の審議会では、年間3,000人の合格者数が目標とされていました。しかし、裁判官と検察官の新規採用枠は毎年100人前後しかなく、合格者の大部分は弁護士になる結果、若手弁護士の就職難が生じ、弁護士会からは合格者増加に消極的な意見が聞こえるようになりました。
法科大学院は、量のうえで増加する司法試験合格者を質の面も高めながら教育プロセスで養成する目的で設置された、専門職法科大学院です。しかし、想定外に多い74校の法科大学院が開設され、司法試験合格者数が予定より少ない関係で、修了者の8割程度の合格が想定されていたところ、実際の合格率は年々低下し続けており(2009年度の新司法試験では27.6%)、撤退校も現れ、統廃合の危機に直面しています。法科大学院は、教育改善の取組みなど評価すべき点は多いものの、学生は司法試験対策に追われており、市民から信頼される質の高い法律家の育成に向けて、難しい舵取りを迫られています。

5.今後の日本社会と司法のあり方

戦後の日本の司法は、司法関係者内部の話し合いで大きな改革を受けずに運営されてきました。この10年間の司法制度改革は、グローバル化と規制緩和の流れのなか、利用者の視点から、透明性を確保しつつ、国際的に立ち遅れていた日本の司法の質量の改善をはかろうとした点で、注目に値します。裁判員制度、法テラス、法科大学院は、相応の成果を上げている一方、創設時の理念と運用の間にずれをきたし、困難も抱えています。改革の中身が必ずしも完全なものではないうえ、裁判員裁判を見据えて着手された被疑者・被告人の取調べ過程の録画は部分的で、長期にわたる警察署の留置場(代用刑事施設)での身柄拘束は不変であり、改革の十分でない土台の上に進められていることからも、問題は生じるでしょう。
日本は、法を担うべき弁護士や裁判の役割が小さい時期が長く続いたため、その環境に適応できる社会を作り上げてきた側面があります。司法書士、税理士や弁理士などの隣接法律職は、アメリカで弁護士が行う仕事を担ってきました。企業は、主に法務部が法律案件にあたってきたため、弁護士を雇用する必要性をあまり感じていません。市民も、法によって解決できることとできないことの境界の感覚が麻痺しているように見受けられます。
この10年の司法制度改革は、従来の日本社会の枠組みのなかで実地に移されています。弁護士の人数が増えたにもかかわらずこれまでの業務スタイルを維持していては、受け入れられる土壌がないことは自明でしょう。法の担い手はスタイルをあらため、法を利用する市民も必要な際は弁護士に相談、依頼し、裁判を利用して、いわば互いに使われ、使うことに慣れることで、司法がその役割を高めながら少しずつ社会に浸透していくものと思われます。市民が法を利用し、権利主張を行い、裁判で公正な判断がなされるための環境整備として、司法制度の改革が引き続き求められています。

 
【飯考行(いい たかゆき)さんのプロフィール】
1972年生まれ。早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程修了。日本弁護士連合会司法改革調査室研究員、早稲田大学教育学部助手を経て、現在、弘前大学人文学部准教授。
専攻は法社会学、司法制度論。