労働者の権利擁護と労働審判  
2010年3月15日
増田正幸さん(兵庫県民主法律協会事務局長・弁護士)

―――兵庫県民主法律協会(以下、兵庫民法協という)は、労働者・市民の権利を守るために、労働者、労働組合、民主団体、弁護士、学者が連携して活動しておられますが、それが恒常的に続けられています。その問題意識からお聞かせください。
(増田さん)
兵庫民法協は、特に労働者の権利を守るために、弁護士などが労働組合と連携して活動しています。現在兵庫民法協の会員になっている労働組合の多くは中小企業の労働組合が多く、したがって組合員も多くありません。そのような組合では恒常的に顧問弁護士を置くことは難しく、そこで組合員からの相談などに対して兵庫民法協の弁護士が日常的にアドバイス・支援しています。
弁護士の立場から言うと、現実の労使紛争は書物などだけでは理解しづらく、労働組合や労働者と日常的に接点を持つことで、労働現場の実情を、身を持って知ることができます。
兵庫民法協には、ローカルセンターには加盟せずに中立の立場の労働組合も会員になっています。また、ローカルセンターの壁を越えて労働組合が幅広く情報交換・交流し、互いに支援し合っています。
いま経営サイドは企業の生き残りのために必死です。そして、いろいろなところで労働者へのしわ寄せが生じています。そのような事態に労働者が適切に対応するためには、日常的に労働者の権利を守るために学習する機会をつくっていかなければなりません。

―――みなさんの努力で労働者の権利を守ってきた状況などをお聞かせください。
(増田さん)
最近の状況で言いますと、ワーキングプアの問題が社会的に注目され、非正規雇用の労働者たちが個人加入の労働組合に加わり、権利を主張するようになってきています。兵庫民法協にもそのような個人加入の労働組合が会員になっていますが、そこからの案件については必ずと言っていいくらい成果があがります。要するに、その人たちが働いている職場では違法行為がまかり通っていて、弁護士が関わることで容易に事態を改善させられるのです。

―――今後の課題としてはどのようなことを考えておられますか。
(増田さん)
個人加入の労働組合は活発になってきていますが、会員の労働組合の多数を占める企業内組合の多くは正規労働者の組合なので、非正規雇用の労働者たちとの団結は、そう単純にはいかないところがあります。
また、労働組合は全体としてストライキをすることが減り、労働者が要求をまとめて闘おうとしても、かつてのストライキを経験した世代が引退し、たたかいの組織の仕方が十分に継承されていない状況になっています。
こうした点の解決が必要となっています。

―――司法制度改革の結果、個別的な労使紛争を裁判所において迅速な解決をはかる、労働審判制度が導入されました。兵庫民法協は労働審判制度に対しても積極的に対応しておられますが、そのとりくみの状況や制度に対する評価などをお聞かせください。
(増田さん)
労働審判は2006年から実施開始となりましたが、こんにち兵庫でも年間140件を超える審判が行われるようになっており、制度発足時の件数が倍加しています。案件のほとんどが賃金の未払いと解雇ですが、7割くらいが調停で解決し、その多くが3ヶ月以内という早期に終わっており、実効的な制度として機能していると言えるでしょう。
労働組合が会社との交渉で決裂した場合でも、労働審判に持ち込むことによって解決する場合も多くあります。労働組合のない職場の人が、地域の労働組合や弁護士と相談した結果労働審判を申し立てるケースもあります。
ただ、労働審判の申し立てはもっと増えてよいと思います。兵庫労働局には個別労働紛争について年間約1万件の相談があるわけですから、そこで相談しても解決が図られないまま放置されている可能性があります。

―――労働審判を申し立てているのはどのような方が多いのでしょうか。今後の課題についてのお考えもお聞かせください。
(増田さん)
労働審判を申し立てる人は、多くが会社を退職した方です。会社を辞めた後に未払い賃金を請求するケースが多いです。というのは、雇用の安定が保障されない労働者は在職中にはなかなか権利を主張できない状況にあり、それが大きな問題です。有期雇用を規制して雇用の安定をはかる課題はいよいよ重要です。
労働事件にたずさわる中で痛感するのが、若い人たちが労働者の権利についてあまりに無知であるということです。この点では学校での教育が必要です。
労働審判では調停で金銭的な解決がはかられる場合が多くあります。会社を辞めた後に会社が労働者に解決金を支給したりするのです。しかし、労使紛争は“お金”ですべてが解決されるわけではありません。不当な解雇などは、労働者の尊厳や誇りを汚すという意味でも、断じて認められるべきではないのです。そのような労働者の権利が当然に守られるような社会にしていく必要があります。

―――実際の経験にもとづく提言をいただき、ありがとうございました。

 
【増田正幸さんプロフィール】
弁護士。元兵庫県弁護士会副会長。兵庫民主法律協会事務局長。