裁判員裁判を終えて(弁護人の立場から)  
2010年3月1日
西田穣さん(弁護士)

 今年の1月26日から28日にかけて、裁判員裁判の弁護人を務めました。事案は、強制わいせつ致傷事件で、被告人とされたのは、犯行当時21歳の男性でした。裁判員裁判については賛否両論あり、弁護士の中でもこの制度をどう維持(廃止?)すべきかについては種々の議論があります。そこで、私が実際に経験した裁判員裁判を通じて得た感想を述べたいと思います。

事案の概要

 本件は、被告人の男性が、深夜、酔っぱらった状態ですれ違った女性に欲情し、後ろから胸を揉み、被害者を転倒させ、拳で複数回殴り、顔面及び頭部に傷害を与えてしまったという事案です。
殴った回数と犯行後に被告人の男性がとったとされる行動につき、被告人の男性と被害者の言い分が違っていましたが、公訴事実自体に争いはなく、主たる争点は量刑に絞られていました。ただ、公判前に被害者との間で示談ができ、「被告人が実刑になることまでは望まない」との言葉をもらっていたことから、結論としても執行猶予が期待できる事案で、それほど激しいやりとりをする必要がなかったことも特徴です。

感想

 まず、全体的な感想を述べると、弁護人の主張が分かりにくいなどの批判が出ているとのマスメディアの報道を見ており、やや心配(萎縮?)もしていましたが、公判後のこの事件の報道を見てみると、被告人の更生を期待するといった裁判員のコメントが複数あり、弁護人が強調したかった「被告人の男性が今後二度と犯罪をせずに真面目にやっていけること」という点を理解してもらえたものと思っています。実際、冒頭陳述や弁論だけでなく、証拠調べ等の手続においても、裁判員の方々は真摯に話を聞いてくれており、こちらが視線を向けると真っ直ぐに見つめ返してくるところが本当に印象的でした。素人に法律の判断ができるのか、強制的に出頭させられたやる気のない裁判員が裁くのはいかがなものか、といった懸念は、少なくとも現状において感じられませんでした。
しかし、今後の刑事裁判を弁護人として闘っていく上で、いくつかの問題点を感じ取ることができたのも事実です。

問題点1 争点の絞り込み

 裁判員裁判では、裁判員が判断する争点を明確にするため、公判前整理手続において、法曹三者で裁判の争点及び証拠を確定します。しかし、この「争点の明確化」は、真実探求の見地からすると、時に不当な主張の制限になりかねません。本件の場合、そもそも争点は量刑だけでいわゆる法律的な争点はないわけですから、それほど争点の明確化が問題と感じることはありませんでした。
ただ本件でも、例えば殴った回数につき、弁護人の主張がせいぜい数回(7〜8回)であったというものに対し、被害者の言い分が30回程度という言い分の違いがありました。確かに、数回であっても犯情が軽いとは言いにくいところですが、30回も殴ったということを前提に判断されてはたまらないと公判前整理手続で主張をしたところ、裁判官から7、8回でも30回でも多数回であることには変わらないから争点にする必要はないのでは、といった話がありました。この点については、通常の一般人の受ける印象、争わないことによるデメリットなどを主張し、主張の撤回はしませんでした。この争点の絞り込みに関しては、決して弁護人だけに迫ってくるものではなく、同じように検察官にも迫ってきます。実際、上記犯行後にとったとされる行動の言い分の違いは、被告人の男性にとって望ましいものではなかったのですが、裁判官の圧力?に乗じて意見を述べ、結局、この犯行後の行動に関する主張及び証拠がすべて排除されてしまいました(させることができました)。
この争点の絞り込みについては、例えば、本件のようなそれほど争いがない事案であれば、大きな問題にはならないかもしれません。しかし、これが事実関係を真っ向から争う否認事件などになると、そもそも争点の絞り込みなど不可能です。弁護人は、無辜の処罰を避けるために、あらゆる可能性に言及し、検察官の立証の不備を指摘する必要があります。そのような事態に至った場合、きちんと弁護人の争う余地を与えてもらえるのか、特に、裁判員に3〜4日ではなく、1週間以上の期間をかけて証拠調べを行わなければならないような事案でも、十分に争う余地を残してくれるのか、疑問を拭えません。

問題点2 被告人質問の順序

 裁判員裁判では、従来の調書裁判ではなく、裁判官、裁判員に直接証拠に接してもらうべきとの観点から、弁護人においても、内容如何ではなく、調書は原則不同意という方針で臨むことが多いようです。もっとも、本件の場合、戦略上被害者の調書は同意し、妥協の産物として被告人調書のうち身上経歴部分及び犯行に至る経緯の部分も同意をしました。ただ、犯行態様部分については、全部不同意で一からすべて被告人質問で明らかにするとしました。そうしたところ、検察官の方から、被告人質問は検察官から先に行いたいという意見が出されました。理由は、立証責任が検察官にあり、立証がまだ終わっていないからというものでした。
この主張は、調書を原則不同意にする弁護人に対する嫌がらせなのか、はたまた真摯な思いなのか分かりませんが、個人的には検察官に先に尋問をやられることは大変不都合です。もともと、被告人は、自分がどのように裁かれるのか緊張しているのが普通です。そのような時に、検察官から、被告人を責め立てるような尋問や被告人を混乱させるような尋問を先行されてしまうと、疲弊した被告人から正確な供述を引き出すことが困難となります。そもそも、尋問は入念な打合せができる方が主尋問を行い、それに対し、相手方がその供述の信用性を弾劾するために反対尋問を行うのが原則です。事実関係をわかりやすく引き出すためにも、打合せを十分にできる弁護人から被告人質問を行うべきです。ただ、実際には、調書を不同意とした裁判で被告人質問が検察官の主尋問から始まっている事案が複数見られるようです。
ちなみに、本件では、弁護人の方から、犯行態様を順を追って全部聞くと公言していたこともあり、弁護人から主尋問を行っても、分かりにくい尋問になったり、また弁護人の都合のよい部分だけを聞くといった虫食い的な尋問にはなったりはしない、と主張して、弁護人の主尋問先行でおさまりました。
しかし、今後、裁判員に主張を理解してもらうために、調書ではなく直接話を聞いてもらいたいのに、そのような手段をとると、今度は尋問で苦労するといった悪循環に陥ってしまう可能性があるというのは問題です。このため、調書をとらせない取り組みなど、弁護士の間でも検討が始まっていますが、現時点ではすべての弁護人が適切に対応しうる手段というのは明確になっていません。

問題点3 守秘義務

 最後の問題点は、裁判員の守秘義務の問題です。評議の公正や裁判員の裁判後の生活を守るといった趣旨は理解できますが、その守秘義務が過度に及ぶと、密室での議論の検証ができず、そもそも刑事裁判に対する信頼が害されかねません。
弁護人としても、どのような議論がなされ、どのような理由・判断によって結論に至ったのか、もちろん気になるところですし、それ以上に、被告人が納得して刑罰を受け入れるためにも、かかる評議の内容は、個々の裁判員が特定されないレベルで検証の余地を残すべきだと思います。
この点は、早期に制度自体の改善が求められるところではないでしょうか。

最後に

 個人的には、今後も裁判員裁判に積極的に取り組んでいきたいと考えていますが、守秘義務などの制度の問題や争点の絞り込み・被告人質問の順序など運用上の問題については、個々の弁護士で対応できる点に限界があります。そのため、このような問題点を抱える裁判員裁判をこのまま受け入れることには抵抗があります。よりよい制度として発展させるためにも、小さな問題にも声を上げ、誤った制度・運用が確立しないように、強く闘っていく必要があると考えています。

 
【西田穣さんのプロフィール】
東京東部法律事務所所属。