自白がつくられる ― 志布志事件から学ぶ  
2010年1月25日
池田博穂さん(映画監督)

―――池田さんはドキュメンタリー映画『つくられる自白 −志布志の悲劇』(2008年)をつくられました。鹿児島県の志布志で選挙違反事件がでっち上げられ、無実の方々が逮捕され、長期間拘束されることになった志布志事件を描く中で、池田さんが感じたこと、考えたことからお聞かせください。
(池田さん)
私は以前、『時代を撃て・多喜二』という、拷問で殺された小林多喜二を描く映画をつくりました。人々の中に拷問などによる強引な取調べは昔のことだという認識があるかもしれませんが、志布志事件を取材してみて、警察による強引な取調べは決して過去のことではなく、現在もなお続いているということを、あらためて強く認識しました。
志布志事件では山深い小さな集落の13人の高齢者が逮捕・起訴されましたが、みな朝から晩まで取り調べられ、自白を強要され、186日間拘束された人もいました。逮捕された一人から聞きましたが、終日窓のない部屋に閉じ込められ、いつ太陽が昇り、いつ沈んだかもわからない日々が続いたことが辛かったそうです。日々農作業をしているような人たちですからその苦しみは想像を絶するものだったでしょう。その取調べはまさに拷問です。そういう中で、まさに嘘の自白がつくられていったのです。

―――『つくられる自白 −志布志の悲劇』の踏み字事件のシーンには迫力がありました。警察官が被疑者とされた川畑幸夫さんに対して「こんな人間に育てた覚えはない・父親」「早く正直なおじいちゃんになって・孫」と書かれた紙を踏みつけさせながら自白を迫った場面です。実際の裁判でこの警察官は有罪となりましたが、こういうことが警察で行われているということには恐ろしさを感じました。
(池田さん)
あのシーンは川畑さんから詳細に説明していただいて再現しました。驚くことに、そのような取調べは鹿児島の警察で伝統的におこなわれ、全国的にもおこなわれているのです。
志布志事件は裁判で、選挙違反などまったくなかったということが認定され、被告人全員の無罪が確定しました。しかし、警察に逮捕され、マスコミに報道されただけで、被疑者は疑いの目で見られがちです。逮捕・起訴された方々と周りの住民との人間関係はズタズタにされてしまったのです。事件をでっち上げた警察、警察の言うとおりに被疑者たちを起訴した検察官の責任も断固として追及されるべきです。

―――池田さんは小林多喜二や田中正造を描く映画をつくり、現在は弁護士・布施辰治の映画をつくっておられます。いずれも人権や司法を問う作品です。池田さんの映画づくりへの思いをお聞かせください。
(池田さん)
私は、人々が自由に発言し、自由に行動できる社会にしていかなければならないと思います。まさに人権が守られる社会です。そのような社会になることで戦争やえん罪もなくなっていきます。そういう社会づくりに貢献できる作品をつくっていきたいと思っています。
人権が守られる社会をつくる上で弁護士の役割は決定的に重要です。布施辰治を描くことで弁護士の使命も社会に問うていきたいと思っています。広く市民のみなさんが楽しめる作品にしますので、ご期待ください。

―――昨年から裁判員制度が始まり、刑事司法改革も重要な段階にあります。池田さんのご意見をお聞かせください。
(池田さん)
いったん被疑者とされてしまうと、警察に長期間拘束されることを避け、嘘の自白をして開放してもらっている人も多いのではないでしょうか。えん罪はいまなお数多くあるでしょう。
裁判員制度については、国民が裁判に参加することでえん罪などが減っていくよう期待しますが、実際にどうなっているのかが十分に検証されなければならないと思います。刑事司法の改革については、当面は取調べの可視化が必要です。中途半端な可視化ではなく、取調べの全過程の可視化が不可欠だと思います。

―――ありがとうございました。『つくられる自白 −志布志の悲劇』や布施辰治の映画は多くの人々に観てもらいと思います。今後とも、ともに司法の改革をめざしていきたいと思います。

 
【池田博穂さんのプロフィール】
1950年秋田県生まれ。映画『時代を撃て・多喜二』・『赤貧洗うがごとき − 田中正造と野に叫ぶ人々』・『つくられる自白 − 志布志の悲劇』などの監督を務める。現在、監督として映画『弁護士 布施辰治』(仮称)を製作中(2010年春公開予定)。
『つくられる自白 − 志布志の悲劇』についてはこちら。
映画『弁護士 布施辰治』(仮称)についてはこちら。