司法試験のあり方も問われるべきではないか  
2009年9月28日
中西一裕さん (弁護士)
  去る9月11日に発表された新司法試験の合格者は、2010年に合格者3000人とすることを目標とした閣議決定を達成する目安とされた2500人〜2900人を大きく下回るばかりか、昨年の合格者数2065人をも下回る2043人にとどまり、受験生や関係者に大きなショックを与えている。
これに対する報道の多くは、合格者数の低下を受験者の質の低下とみなして、法科大学院教育のあり方を問題にしている。しかし、私は司法試験の合格水準をあたかも不動の客観的指標のように扱うことにまず疑問を感じる。
 事実、司法試験の合格点はあらかじめ決められた不動点ではない。論文式試験の各科目の素点の25%以上という最低基準は決定されているが、この基準をクリアした者の中で総合評価何点以上を合格させるかはあらかじめ決定されておらず、合格発表直前の9月9日の司法試験委員会で785点と決定されたのである。仮に合格点を775点としていれば2240人が、765点なら2382人が、775点なら2561人が合格していた。つまり、30点合格点を低く決定すれば目標は達成できたわけだが、785点と755点で受験生の実力にどれだけ差があるのだろうか。少なくとも最低基準は大幅に上回っているのだから、合格点を755点以下にしても問題があったとは思えない。
受験生の質が低下したのかどうかについては、問題内容や採点基準の検証なしで即断はできない。確かに総合評価の合格点は昨年の940点から785点に大きく下がったように見えるが、これは総合評価の方法が変更され、短答式試験と論文式試験の比重が1:4から1:8となったことによるものだ。他方、受験者数は昨年より1131人増加し、最低基準をクリアした総合評価対象者数も402人増えているから、合格者数も増えるのが自然なのに逆に減少した。また、一部の法科大学院の不振だけでなく、合格者数上位の法科大学院でも合格率が低下している。これらを考えれば、受験生の質の低下というよりもむしろ合格水準が厳しく設定されて合格者が減少したように私には思われる。
一昨年秋に鳩山邦夫法務大臣が合格者3000人の目標見直しを表明し、昨年には日弁連が弁護士の就職難等を理由に合格者増加のペースダウンを求める意見書を採択した。さらに、政権交代後の司法政策はまだ明らかではない。こうした状況をふまえ、昨年並の合格者2000人程度となったのではないかというのが率直な印象である。
 新司法試験については、受験生への負担の大きさも考える必要がある。
試験科目を旧司法試験と比べると、短答式が3科目(憲法・民法・刑法)から実質7科目(行政法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法がプラスされた)に大幅に増加され、論文式でも行政法と選択科目(倒産法、租税法等)が新たに加えられたうえ、分量のある資料を分析し理論と実務の双方の観点からの長文の論述が求められている。このうち、論文式試験は法科大学院のカリキュラムに沿ったものであると一応はいえるが、短答式試験は法科大学院ではほとんど対応できず、受験生が自学自修で準備せざるをえない。また、旧司法試験は短答式試験と論文式試験が5月と7月に分けて実施されたので受験生は各試験の準備に専念できたが、新司法試験は短答式・論文式が4日間連続で実施されるため、受験生は両試験を同時に準備しなければならず、非常に負担が重い。
このように新司法試験の重い負担が、知識の蓄積面で不利な法学未修者の合格率の低さにつながり、受験手控え者の増加や在学中からの受験準備へと学生を駆り立てているのである。しかし、こうした事態は、法曹に多様な人材を確保するため、他学部出身者や社会人経験者の受け入れを重視した法科大学院制度の理念を大きく損なうものである。現に、他学部出身者や社会人経験者の入学は減少し続けており、既修者の入学拡大に方針転換した法科大学院も存在している。
 法曹養成制度の改革により創設された法科大学院は、司法試験、司法修習と続く一連のプロセスの中核に位置づけられている。新司法試験は法科大学院教育の成果をチェックするためのものであり、法科大学院の厳格な修了認定を受けた者の大部分が合格するのが制度の理念であった。ところが、現状は合格率の点でも受験準備の負担の点でも、司法試験の比重は年々大きくなっており、新制度の理念を歪めるに至っている。
もちろん、当初の制度設計をはるかに超えた法科大学院の乱立と定員数の膨張など、法科大学院側にも是正すべき点は多数存在する。しかし、新司法試験の低い合格率と試験科目の重い負担が法科大学院教育と学生に悪影響を与えているのもまた事実である。短答式試験の廃止や科目削減といった思い切った制度改革を含む、司法試験自体の見直しが必要ではないか。
 
【中西一裕さんプロフィール】
弁護士
日弁連法科大学院センター委員、日弁連法務研究財団認証評価事業評価員等
2004年3月から2008年3月まで、日弁連法曹養成対策室室長を勤める。