対談「裁判員制度の意義を考える」
その三「これまでの刑事司法をリアルに分析する」
 
2009年8月17日
大出良知(「司法改革・市民フォーラム」代表・東京経済大学教授)
伊藤真(法学館憲法研究所所長・伊藤塾塾長)
大出
  さて、識者の中に裁判員制度の導入は被疑者・被告人の権利を後退させるものだとの見解があります。その多くは、よりよい刑事司法の実現を目指す立場からのご発言ですが、このご意見については実証的に検証しなければならないと考えます。
これまでの日本の刑事司法システムは、人質司法とか調書裁判だとか言われてきました。要するに警察の密室での強引な取調べの結果を裁判所も追認するということでしかなかった。もはや日本の刑事司法システムはどん底の状態であり、私としては裁判員制度が導入されることによってこの状況が改善されることがあっても、それがさらにひどくなることはないという認識です。
現に裁判員制度が導入されることになって、刑事司法システムの開花期が始まっています。これまで裁判官は目の前の被告人のほとんどが自白していますから、被告人はだれもが有罪ではないかという予断を持っていたのではないかと思います。これに対して、裁判員の方達は初めて人を裁くので、新鮮な目で推定無罪という刑事裁判の原則に従って被告人を見ることが可能だと思います。
被告人が有罪であるということは当然検察官が立証しなければなりませんから、法廷の場で被告人から強引な取調べがあったとの抗議があれば、検察官は取調べが任意であったことを証明しなければなりません。ということになれば、取調べの可視化を進めなければ裁判員を納得させることはできないでしょう。公判前整理手続きにおいては、これまでルールがなく、弁護側がさんざん苦労させられた証拠開示もルール化され、検察側の手持ち証拠が大幅に開示されることにもなりました。捜査段階では、被疑者弁護をさらに充実したものにするため被疑者国選弁護制度も実現しました。
こうした改革は弁護士会などが長年要求してきたものですが、ようやく国民の司法参加の実現によって前進してきています。国民の司法参加は刑事司法システムの改革のための唯一の方法だったとも言えます。プロの裁判官だけによる裁判がいかに市民的な常識からかけ離れていたかが明らかになってきています。
伊藤
  私も裁判員制度の導入によって刑事司法システムの改革が進むと思います。被疑者・被告人の権利を後退させる危険性としては、迅速すぎる裁判になってしまう危険性が指摘されるかもしれません。裁判員裁判は迅速な裁判を目指すことになりますが、被告人の言い分を十分に聞くことなく拙速な裁判になってしまうのではないかという心配です。
大出  迅速といっても、公判前整理手続に時間的な制約はありません。ここで、迅速であっても充実した審理を可能にする準備を徹底して行うことです。問題は弁護人が被告人の利益を代弁してどこまで頑張れるかです。弁護人の姿勢・意欲と能力が今後問われることになります。
過日、足利事件で菅家さんが無罪になりました。警察・検察の捜査と裁判の問題点が明らかになりました。この時期に刑事司法システムの改革の必要性をいっそう訴えていきたいと思っています。
伊藤  足利事件ではDNA鑑定が有力な証拠となりました。当時菅家さんの犯罪が科学的に証明されたといわれましたが、それが間違っていました。
大出  そもそも裁判官が証拠を科学的に正確に判断できるのかということも問われなければなりません。また、専門家の、いわゆる大御所といわれる人たちの鑑定書だから、「科学的」だといったことにされたこともあります。冤罪事件だったことが明らかになった松山事件や、いまだに争っている名張毒ブドウ酒事件でもそうでしたが、それが杜撰な捜査による起訴を追認するために利用されるケースが多々あるということを理解しておく必要があります。
伊藤  やはり、裁判員になる市民の常識的な判断によって証拠を検証する必要がありますね。
刑事司法システム改革の要求が長年実現してこなかったという事実、そして国民の司法参加を機に改革が進みつつあるという事実、このことをふまえ、裁判員制度に向き合う必要がありますね。